そのまま眺めていたら、ぱっと顔を上げた沢田と目が合った。
あたしの顔を見ると、幸せそうににっこり笑う。
吃驚して思わずカップを取り落としそうになった。
「あっちっち!」
「大丈夫かっ?」
焦った顔の沢田が飛んできて慌てて手を拭ってくれた。
「早く冷やせ。」
台所に引っ張っていかれて水をじゃーじゃー掛けられる。
あたしの腕を両手で包み込んで、沢田は真剣な顔をしてあたしの手を見つめている。
コーヒーがかかった辺りを何度も撫でてくれる。その動きが優しくて胸が痛くなった。
そんなこと、される価値があるんだろうか、あたしに・・・
「あの、沢田・・・」
「何?」
「あの、もういいから・・・」
「ちゃんと処置しなきゃ。火傷は最初が肝心なんだぞ。」
「もう大丈夫だから!」
思わず大声で叫んで腕を引く。
これ以上、手を握られて沢田の脇に抱き込まれた姿勢で居るのは辛かったんだ。
ドキドキして、居たたまれない。
沢田はそんなあたしの様子をしげしげ眺めていたが、やがてため息を一つつくと
切なそうな声で言った。
「んなに構えるな。やりにくいだろ。」
「え・・・」
あたしってば、もう愛想つかされたのか?
いくら何でも早過ぎるだろ。
こんな事なら、もうちょっと素直になれば良かった。
目の奥がじわっとしそうになったとき、沢田の声が聞こえた。
「俺だってどうしていいか、わかんねぇんだ。
だから、もう少し普通にしようぜ、お互い。」
「え、そ、そうなのか?」
「な、山口。お前から見たら、俺はガキだし、頼りになんねぇし、
急に恋人らしくって思っても無理なのはわかってる。」
「あ、えと。」
「でもさ、お前に惚れてんのは、本当だから。
俺さ、お前と付き合えることになって、正直舞い上がってる。
どうしていいか、わかんねぇくらい緊張してる。
お前に、んな風に構えられると、俺やっぱ頼りないかなって。」
目を伏せて情けなさそうに言う沢田に、慌ててしまった。
「そんなことない!そんなことはないぞ!」
「じゃあ、さ。お前・・・・」
言い淀むから。
「何だよ。」
強めに聞き返してみれば、
「俺のことさ・・・どう・・・////」
俯いたまま真っ赤な顔して小さな声で言うから、もう完敗だった。
「沢田・・・」
なんだか急に、保護欲みたいなものが湧いてきて
知らず知らずのうちに、沢田の赤い髪を胸に抱き込んでいた。
「!・・・山口・・・?」
「あ、あのな!あたし、あたしな・・・
お前の事、その。お、男として、ちゃんと好き、なんだぞ・・・?」
「・・・・」
「お、お前はあたしの生徒だったし、年下だろ。
んな事考えちゃうとさ、釣り合わないっていうか、
甘えるのもなんだか気恥ずかしくて・・・////」
「山口・・・」
「で、でもなっ。お前が、こ、こ、こ・・・」
「こ?」
「恋人になってくれて、嬉しかったっ!!!」
思わず大声で叫んでしまって、はっと我に返る。
あたしってば、なんて恥ずかしいことを・・・!
慌てて手を離すと、驚いたように目を見開いてあたしを見つめる沢田の顔があった。
その顔が、みるみる歪んでいったと思うと、沢田は手で口を覆い、
次の瞬間、盛り上がってきた涙がぽろりと零れた。
「わり・・・」
バツが悪そうに目を擦っている沢田を見て、あたしは深い感動を覚えていた。
ああ、こいつを好きになって良かった。
こいつに愛されて、本当に良かった。
「沢田・・・」
我知らず、腕を伸ばしていた。
そうして、沢田の首に手を差し伸べて思い切り抱きつく。
「・・・山口・・・」
おずおずと背に回された腕が、やがて強く巻き締められて、
あたしは生まれて始めて、男の胸に抱かれる幸せを思う存分味わっていた。
沢田の温かい息、広い胸の鼓動、柔らかな頬、優しい腕・・・
ふっと腕の力が弛んで、沢田があたしの顔を見つめる。
どちらともなく顔が近づいて、胸が一杯になる。
堪り兼ねて眼を瞑ると、唇に柔らかいものがそっと触れた。
始めての感触なのに、どこか懐かしい。
ずっと触れていたいと思う程、心地よい唇を受けながら、
あたしは、沢田の身体を思い切り抱きしめいていた。
始めての、甘い触合い・・・
やっと素直になれて、ここから始まるふたりの道に向かい合う勇気が
今、始めて持てたのだ。
胸に灯った暖かい火を抱きながら、沢田の唇を受けて
あたしたちは時間が経つのも忘れて抱き合っていた。
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ここまでお読みくださいましてありがとうございます!
あれー?
ふたりのホワイトデーのはずなのに、ちっともホワイトデーのイベントが
出てこないのはなんででしょう?うーん、久美子さんのチョコケーキのお返しに
慎ちゃんも家に招いてホワイトチョコケーキをご馳走するはずだったのですが、
なぜだかこんな事に(汗)
大目に見てやって下さいまし・・・
2010.4.30
双極子