※原作・卒業後、 おつきあい前。 2008と2009は無かったことになってます。「甘い囁き」の続編。
切れてしまった携帯の画面を見て、あたしはほうっとため息を付いた。
「・・・やった・・・」
徐々に嬉しさがこみ上げてきて、小さくガッツポーズをする。
甘い誘い
沢田慎は、あたしがはじめて受け持ったクラスの子で、去年卒業して今は大学生、
頼りになるヤツだったから在学中は色々と助けてもらったものだ。
クラスの連中からも一目置かれているリーダーだったから、
やんちゃな白金生達をまとめるのに随分と役立ってくれた。
あたしとはウマが合うのか、痒いところに手が届くって言う感じでフォローしてくれて
気が付くと無意識に探していると言うような、そんな生徒だった。
沢田はストレートで東大に合格して、順風満帆な人生のスタートを切ったと言うのに
事もあろうか、うちの弁護士になりたいとか言いだして、その理由ってのが
あたしに惚れているから、とか抜かしやがったんだ。
流石にびっくりしてすぐには受け入れられなかった。
そりゃ、気も合うし頼りにもなるし、イケメンだわ秀才だわ喧嘩は強いわ
申し分のない男だってことは充分わかってた。
でも、なんといってもあたしの生徒なんだし6歳も年下だし、
あいつに対する好意はあるが、それがすぐさま恋愛感情なのかと言われると
ちょっと躊躇してしまう自分が居るのは否めない。
だから「惚れている」だけで特に付き合おうとも言われなかったのをこれ幸い、
返事もしないままずるずると友達付き合いを続けてきていた。
卒業してから毎日会うことはなくなったけれど、映画に誘われたり家へ遊びにきたりと
プライベートで共に過ごすようになると、高校生のときには気が付かなかった
色々な点に気が付く。
例えば、沢田は意外におしゃべりだ。
大学に入って世界が広がったせいなのか、話題も豊富だし色々なことに興味を持っていて
話す度に知識が深まっているのがわかる。
話しているうちについ白熱して、
気が付くと二時間ぐらい経っていたなんて事もよくあるし、
趣味や考え方、価値観なんかがしっくりと合うから、とても楽しい。
そして悔しいことにかなり女の扱いに慣れている。
あたしは今までデートなんかに縁はなかったし、
男友達は居ても女扱いなんてしてもらった記憶は露程にもなく、
どちらかと言えばエスコートされるよりする方が多かったし、
特に変だとも思っていなかった。
それが今はどうだろう。
友人と言うふたりの関係から逸脱することもなく、節度ある態度ではあるものの
さりげなく荷物を持ってくれたりドアを開けてくれたり人ごみから守ってくれたりと
まるで大事なものでも扱うように丁寧にエスコートしてくれる男が居る。
ちょっとしたお洒落でもちゃんと気が付いて可愛いと言ってくるし、
あたしが楽しめるよう、わざわざ下調べして色んな所へ連れて行ってくれるし、
何か食べる時は必ず支払いをしようとする。
まあ、学生と社会人だから絶対に奢らせはしないんだが、
何度断っても行く度に払うよと言ってくれるんだ。
そんな沢田にあたしも段々ほだされてきた。
少しずつ少しずつ、男らしい所に目がいくようになって、
ふとした時に見せる優しい笑顔にときめくようになっていった。
そしてある時、年下とか元生徒とか、そんなことは全く問題じゃないのに気が付いたんだ。
ああ、こいつと居たいなぁって。
こいつのこと、もっと知りたいなぁって。
そして差し出してくれた手を握り返そうとようやく決心したとき、はたと気が付いた。
あたし、付き合おうって言われてない!
じゃあこっちから言えばいいのだが、こんなに長い間友人として過ごしてきて
今さらどんな顔で付き合ってくれなんて言えばいいんだろう?
何か切っ掛けでもないととてもじゃないけど言えないぞ。
だから、イベントに託つけて勢いに乗って告白してやろうと、
バレンタインセール真っ最中のチョコレート売り場に勇んで行ってみたものの、
どうしてもそれを渡す場面を思い描けない。
大体、なんと言って呼び出せばいいんだ?
それに、友人のままの方がいいと沢田が思ってたらどうしよう?
「ああ、くそっ。こんなんじゃあだめだ!」
毎日、脚を棒にしてチョコレート売り場巡りをしたけど、とうとう買うことができなかった。
バレンタインはもう明日だ。
とにかく明日は会わなくちゃあ始まらない。
今週末は沢田からの誘いもないし、会う予定もない。
となると何か口実を考えねばならないのだが、
デートらしい用事を急に作り出すことも出来ず、
結局、車で出掛けることが出来るホームセンターへ行く事にした。
長年使っていた棚が壊れたのを機に部屋の模様替えをしたくて、
少し前から買い物に行かなくちゃと思っていたのだが、
それならついでに色々変えてしまえと考えたせいで
大事になってしまってなかなか実行に移せないでいたのだ。
人手がいると言ういい口実になるし、ふたりきりで出掛けることも出来る。
色気のない用事だから誘い出す電話をかけるのにもそう抵抗はなく、
せっかく休みなのにとぶつくさ言う沢田を説き伏せて、明日出掛ける約束を取り付ける。
後は出たとこ勝負。
ふたりきりでいればなんとか目の出る事もあるだろう。
さて、バレンタイン当日。
車の助手席に沢田を乗せてホームセンターへと向かう。
上手く誘い出せたことが嬉しくて、ふたりっきりで車内にいるのがくすぐったくて
なんだか楽しくなってきたあたしは鼻歌を歌いながら沢田とのドライブを堪能する。
この時間が終わるのが惜しいと思ったあたしは、
ちょっと回り道をして遠い方のホームセンターへと車を向けた。
到着すると早速買い物を始める。
生活用品売り場は当たり前だけど夫婦連ればっかりで、
あたしの部屋にかけるカーテンなぞ選んでいると、
こっちまで夫婦になったようでなんだか嬉しい。
しかし、やっぱりそこは単なるホームセンター。
いくら不況と言えどもバレンタインセール等とは無縁のものらしい。
チョコレートのチョの字もありゃしない。
告白しようにもタイミングが掴めなくて、焦っていたらいいものが目についた。
カフェがあるじゃないか。
ここでチョコレートケーキを食わすって言うのはどうだろう?
これならあたしにも抵抗なく買えるし、さりげなく気持ちも伝えることが出来る。
ちょうど小腹も空いてたし、ちょっと休憩も出来るしな。
お礼に奢ると言って、沢田をカフェに連れ込む。
怪しまれないように注意しながらチョコレート味のケーキを頼み、
だめ押しにもう一つココアも付ける。
この位やっておけばわかってくれるだろう。
あたしは注意深く沢田の様子を観察する。
ケーキを見た沢田は無反応。
見ただけじゃチョコレート味ってわかんなかったかな?
ケーキの端をフォークで切って口に運ぶ様子を固唾を飲んで見守る。
ぱくり・・・
やっぱり無反応だ。
何か言ってくれないかと口元を見つめていたら沢田が怪訝な顔をして、
「・・・何?」
と聞いてきた。
「いや、別に。美味いかなぁと思って。」
理由を言うことも出来ず適当なことを言っておく。
「?ああ、ま、いいんじゃねぇ?」
チョコレート味だってわかってはいる訳だ。
「どうかしたか?」
あたしはもう少し突っ込んだ質問をしてみることにする。
「それ見て、なんか思わないか?」
沢田の答えは、
「ん、まあ。妙な組み合わせだなとは思うけど。」
だった。
「それだけか?」
「ああ。」
もう一度念を押してみるが、沢田の答えは変わらない。
質問の仕方が悪いのかと思って、はっきりと嬉しいかどうか聞いてみた。
「んー、まあケーキもココアも嫌いじゃないし、嬉しいよ。」
これは単にケーキが嬉しいって意味だよな。
はぐらかされているのか、それとも気が付いてないのか?
密かにため息を付くあたしの気を取り持つように沢田が話題を変える。
「そういやさ、この間お前が言ってた絶叫マシン。
あれと同じのが百年山ファミリーランドに出来るらしいぜ。」
「え?それって狐川ファミリーランドのジェットコースターのこと?」
「そう。ドラゴンマウンテンフォール。
乗ってみたいけど関西じゃ無理ってがっかりしてたろ。」
「うわぁ、百年山なら車で一時間くらいだな!来月当たり行ってみるか!」
そう言ってしまってからちらっと沢田の顔を見る。
一緒に行くって言ってくれるかな・・・
「そりゃ無理だな。」
あっさり言われてへこんでいると、
「オープンは四月だから。連休中は混むだろうからその後にでも行くか。」
そう言ってくれるからたちまち機嫌が直る。
「おう!絶対だぞー。」
それからお気に入りの遊園地ランキングの話になっちゃって、
帰り着くまでずっとその話をしていた。
家へ行って荷物を下ろして沢田を送ってとずっとふたりでいたのだが、
色っぽい話等、差し挟む隙も見つけられなかった。
沢田を送り届けて別れた後、すぐそばのコンビニの駐車場に車を入れ、
ハンドルに持たれたままため息を付く。
どっと疲れが出た。
「沢田の鈍感・・・」
はぁ・・・結局わかってもらえなかった。
あたしも馬鹿だなぁ。
店内にぶら下がるバレンタインセールの張り紙を見ながら考える。
つまんない意地を張らないで、ちゃんとチョコレートを買えばよかった。
と、そこに着信があった。
沢田からだ。
忘れ物でもしたかな?
「もしもし?」
『もしもし、山口?俺だけど。』
「おう、どうした沢田。忘れ物か?」
『ああ。お前、明日さ、暇?』
「んー?今日買った棚の組み立てとかやろうかと思ってるけど。」
『それ急ぎ?』
「まあ、さっさとやっちまいたいけど急ぎじゃあないな。」
『じゃあさ。明日・・・』
「明日?」
『映画でも行かねぇ?』
「え・・・」
なんで突然そんなこと言いだしたんだろう?
さっきは映画の話なんか一度も出なかったのに。
『迎えにいくから。』
「え?いいよ、いいよ。駅で待ち合わせで!」
『じゃあ十時に神山駅でいいか?』
「ああ。いいよ。十時な。」
『じゃあ明日・・・』
「おう。じゃな!」
急な話の展開に訝しがりながらも明日も会えると言うことが嬉しくて
ほっこりしながら電話を切ろうとした時、沢田の声が聞こえてきた。
『チョコレート、ご馳走様な。ありがとう。』
「!!」
思いがけない言葉に驚いていたらそのまま電話が切れた。
今の言葉って、やっぱり・・・?
やっぱりそう言うこと・・・だよな。
「・・・やった・・・」
段々嬉しくなってきて小さくガッツポーズをする。
そっかそっか。
わかってくれたか。
くすぐったい気持ちを胸に抱き、にやにやと緩む頬を引き締めもせず
急速に暮れる夕闇の中、あたしは幸せな気分で車を出した。
明日はデートだ!!
-------
こんにちは!
双極子です。お読みくださってありがとうございます♪
今頃バレンタインネタですみません(汗)。
ホワイトデーのつもりで書き始めたらなぜかバレンタインになってるし
おまけにホワイトデーに間に合ってすらいないし(冷汗)。
「甘い囁き」の久美子さん視点、年上だったりタイミングを逸してたりで
なかなか素直になれないイラウロ久美子さんです。
お楽しみ頂けたのなら幸いです。
2010.3.17
2010.4.25 UP
双極子