赤い闇に打ち震える。

暗い情念に身を任す。

獲物を追いつめ、押さえつけ、引き裂いて

暖かい肉をむさぼりたい。

滴る血をすすりたい。

黒い歓喜がわき上がる。


わき上がる衝動のまま、俺は思うさま力をふるい、押さえ込んだ獲物におのれのすべての

力を注ぎ込む。俺の烙印を刻み付ける。折れよとばかりに打ち付け、引き裂いて、裸足で崖を登るように。


血を流しながら、肉をむさぼり血をすする。苦痛の声すら甘い、俺を満たすための供物。


繰り返し襲ってくる破壊と暴力への渇望に翻弄されながら、俺は奇妙な恍惚へと導かれていった。すべてをしぼり尽くすような長い長い絶叫の果てに、登り詰めた闇の中で、たどり着いた頂は、漠々たる荒野だった。


もうなにもない・・・

すべてが消えてなくなって俺は真っ暗な平穏へと堕ちていった・・・



ふと我に返ると、あの荒々しい衝動がきれいさっぱりなくなり、俺はいつになく穏やかな心持ちでいる自分に気がついた。眠っていたのだろうか。いつの間にか外は明るくなっていた。


腕の中に山口がいた。

見回すと部屋の中はひどい有様だった。


コップや空き缶が散らばり、皿もいくつかひっくり返っていて。俺と山口の服が脱ぎ散らかされている。山口の服はボタンが取れたり縫い目が避けたりしているのもあって、自分がしでかしたとは言え、あまりのことに呆れてしまう。


疲れ果てて眠ってしまったらしい山口の姿はというと、これもまたひどいもので。


涙の乾いたあと、痛みのあまり食いしばったのだろう、唇が切れて乾いた血がこびりついている。腕と手首には押さえつけられた跡が赤く残り、肩口と胸には歯形がついている。髪の毛がたくさん落ちていて、俺の指にも絡まっているところを見ると、どうやら俺が引っこ抜いたらしい。さらに下を見ていくと、脇腹とももにはみみず腫れ、そして内股とシーツに血のあとがあった。


「・・・って・・・何やってんだ、俺・・・」


その声が聞こえたのか、それともタオルケットをまくったせいで寒かったのか、寝ていたとばかり思っていた山口の声がした。


「慎・・・」


「・・・やまぐち・・」


あの吸込まれそうな瞳が俺を見つめて揺らめいていた。


「お・・・戻ってきたな・・・慎・・」


「・・・え?」


「昨日までのお前、なんか張りつめてて、普段のお前じゃなかったからさ・・・」


「・・・」


それで来てくれたんだ。泊まり支度までして。


「お前を放って置けなかった・・・」


「・・・大丈夫か・・・?ごめん、俺、こんな・・・」


後ろめたさに顔を背けてしまう。


「もう落ち着いたろ?穏やかな顔してる・・・」


山口は俺の頬に手をかけて自分の方を向かせ、俺の瞳を覗き込みながら言った。


「俺・・・お前だって初めてだったのに、俺・・俺・・びっくりしたよな。

・・・愛想、つかしたよな・・・」


怒っているよな。傷ついているよな。どうすれば許されるのだろう・・・

山口の瞳はそのどちらも含むことなく、穏やかな光を宿して俺を見つめている。


「分家の姐さんたちがね・・・」


「・・・え?」


「分家の姐さんたちが言ってたんだ。男を受け止めてやるのも女の務めだよ・・・って。」


「・・・」


「若大将は大人ぶってても本当はまだ若いんだから、我慢しきれなくて無茶な要求をするかもしれない。でも年上なんだから余裕を持って受け止めてあげないとだめだよ、って。姐さんたち言ってた。」


「・・・」


「だからさ、いいんだ。これで」


そう言って山口は花のように笑った。


「でも・・・」


「それに・・」


「それに?」


「あたしも・・・」


「?」


「・・・お前をあたしのものにしたかったし。」


そう言ってくれたけど。


「はぁ・・・俺、みっともねぇ。」


俺のおでこにこつんとおでこを当てて山口は俺を覗き込んだ。


「若い頃のこういうのって、自分じゃ止められないんだろ?京さんが言ってた。」


「でも、俺、こんな・・・」


「あたしはお前のなんだ?」


「・・・・・・カノジョ・・・」


「よく出来ました。じゃあ、いいじゃねぇか。」


「でも・・・」


「このところ思い詰めてたろう?」


「・・・うん、そうだけど。でも。」


「お前、憑き物が落ちたみたいな顔してる。」


「・・・」


たしかにあの赤い闇はもうどこにも感じない。


「で、どうなんだ?またこんなことしたいと思ってるのか?」


このところ俺を翻弄していた衝動は、自分の中からきれいさっぱりなくなっている。


「いや。」


「じゃあいいじゃあねぇか。万事解決ってことで。」


そう言って山口は俺の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。


「・・・いいのか?」


「ああ。」


こんな俺を、それでも受け入れてくれるんだ・・・

改めて山口への愛おしさが溢れてくる。

落ち着いて山口を見た俺は、その姿に心を痛める。


「・・・痛いか?」


腕の赤いあとを優しく撫でて涙のあとに口付けを落とす。


「お・・・」


涙のあとにも額にも頬にも、つけた傷を取り消せるかのように口付けした。

そして唇へも・・・


「はじめてだ。」


「え・・・?」


「おまえからキスしてくれたのははじめてだよ・・・」


「え?・・昨日は・・・俺・・・?」


「唇へは一度も・・・ちょっと寂しかったから。嬉しいよ。」


俺は改めて山口に口付けをした。

唇をやんわりとはみ、ゆっくり舌を絡ませて。初めて味わうそれは甘くて愛おしくて。


「久美子・・・」


囁くように名前を呼ぶ。


「慎・・・」


「好きだ。狂っちまうくらい・・・好きだ・・・久美子。」


そう言ってまた口付ける。


「慎・・・あたしもだよ。何されても許しちゃうくらい、好きだ。」


今度は山口から。


「ふふ。すっげー嬉しい・・・」


「へへっ。あたしも・・・」


「ごめんな・・・」


「もういいから・・・」


俺を見上げる瞳は潤んでいて、その中には明らかに女の艶が含まれていて・・・

ああ・・お前ははじめからちゃんと俺を求めてくれていたんだな。その身体で俺を愛してくれてたんだ。


俺たちは何度も何度もキスを交わした。

やがて。

山口の身体が熱を帯び、柔らかくうねって、吐息がもれ、腕が俺に絡み付いてきた。

俺は初めて。

目の前にいるリアルな山口久美子に欲情していた。


「久美子・・・」


そうっと腕の下にその身体をかい込んだ。


「慎・・・」


「いいか?・・・俺・・・今、お前がすっごく欲しい・・・」


二度目のそれは、たゆたうように穏やかで。


一方的に叩き付けただけの昨日と違い、今日はふたりでお互いの身体をゆっくりと慈しむ。暖かい海で、ふたり漂うように。彼女の官能の扉を、一つ一つ開きながら嬌声を楽しむ。南国の日差しのように、触れ合った肌は熱く、解け合って一つになる。


俺の膝の上で山口の暖かく柔らかい肢体が揺れる。

その細い腕で俺をかき抱きながら白い喉がのけぞる。

俺の上で長い髪が海藻のように揺らめいて明るい海の底のように視界がぼやける。


「慎、泣いてるのか・・?」


「ん・・」


なんだか感極まってしまって、俺の上のしなやかな身体をかき抱いて。何度も何度も波のように揺られて。


そして。

今度はふたりで一緒に、穏やかな凪の海が光に満ちるさまを見る・・・



やっと手に入れた。

俺のすべてはお前のもの。

お前のすべては俺のもの。

ふたりでずっと生きていく。


受け止められなかったのは、俺がガキだったから。

でももう大丈夫、久美子が俺を大人にしてくれた。ちぐはぐだった俺の心と身体を、再びつなぎ止めてくれた。がんじがらめの俺を、身体を張って助けてくれた。囚われの塔の窓辺から傷だらけの腕を伸ばし、俺をさらっていく。つないだ手はもうほどけない・・・


明るい光の満ちるふたりきりのベッドの上で、久美子に言う。


「俺を置いていかないで・・・」


「ああ、ついてこい。」


「うん・・・ずっと・・・」


そう言って交わした甘い甘い口付けは始まりの合図。


これからの人生、ずっと一緒に生きていこう。

どんなこともふたりなら乗り越えられる。

つないだ手は離さない。


ずっとずっと一緒に行こう。

愛してる。

愛してる。

愛してる。

・・・