※原作で卒業後。2008のあとです。性表現と暴力表現があります。
ハッピーエンドですが、途中の慎がひどいやつです。
イメージを壊されるのが嫌と言う方はお避けください。
やっと手に入れたのに。
穢してしまうような気がして触れることが出来なかった。
幾度も幾度も夢に見て。
ずっとずっと待ち望んでいたはずだった。
なのに。
「ついてこい。」
そう言われてそっと触れた唇は、神聖な契約の徴。
これからの人生、俺のすべて、お前にあげるよ。
ずっと、ずっと、ついていく。
俺の全身全霊をかけて。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
・・・
In the Lunatic Red Night
全治一か月と言われた怪我が治りきる前に職場復帰してしまった山口の体調がやっと本調子になってきたのは事件から二ヶ月ほどすぎた頃だった。
その間中、突っ走る女にヤキモキし通しで、こまめに送迎したり少しでも休めるようにと、あいつの家でゆっくり出来るようなことしかしてなかったせいで、二人きりで過ごす機会は今日までなかった。メールしたり電話したり、少し元気になってからは仕事帰りに食事をしたり、以前と変わらず何かと用を見つけてしょっちゅう会ってはいた。
だけどこの二ヶ月間であいつにふれたのはわずかに三度。
思いが通じる前ならば、TAKEOさんモードでげろ甘なセリフを吐きつつ、ソフトにボディタッチしてみたり、さりげなく抱きしめてみたり、平気で出来ていたのに。あいつが振り向いてくれたとわかった途端、まるで怖じ気づくように俺はあいつに触れられなくなってしまった。
甘い言葉でかき口説いたり、あいつのとりとめのないおしゃべりに突っ込んだり、デートしたり。前よりずっと親密で、ふたりの距離はぐっと近づいたのに。
それでも、やっとの思いでさわれたのはこの二ヶ月間でわずかに三度。
一度目は退院の日。強がってはいてもふらつくあいつに手を差し伸べて車まで歩く間、肩を支えてやったとき。力ない身体がいつもよりも華奢に思えて手が震えてしょうがなかった。
二度目は無理して学校へ行った初日に熱を出して黒田に送っていったとき。ベッドまで送っていって心細そうなあいつの髪をそうっと撫でた。
そして、三度目はついこの間のことだ。学校帰りのあいつを迎えにいってそのまま二人でファミレスに行った帰り。ちょっとだけってことで食事のついでに久々のビールを飲んだあいつは少し酔っぱらってた。
人気のない商店街を抜け黒田の門にたどり着いたとき、あいつが振り向いて俺の前に立った。見つめ合ってその大きな瞳に吸込まれそうな気がして、つい目をそらした刹那、あいつの唇が俺の唇に押し付けられた。
そっと触れるだけだった一度目と違って、二度目のキスは少し長く、少し情熱的で、なぜか少し怖かった。唇を離して真っ赤な顔のあいつがとすんと俺の胸にもたれかかったけれど、頭の中が真っ白になった俺は木偶みたいに突っ立ったままだった。
山口はまだ少し赤い顔でいぶかしげに俺を見上げていたが、やがてその腕が背中に回ってぽんぽんとなだめるみたいに長いこと俺の背中を叩いてくれた。
俺は段々落ち着いてきて、抱きしめ返さなきゃ変に思われるだろうということにやっと思い当たって。でもとっさに抱きしめることも出来ないまま、かろうじてあいつの肩の辺りに手をおいて肩口に顔をうずめた。
俺は多分震えていたんだろう。最後にぎゅっと俺を抱きしめると、ついと離れた山口は生徒たちにやるみたいに髪の毛をくしゃくしゃっと撫でてくれた。
なんだか高校時代に戻ったみたいだと思って、ふっと気が軽くなったら
「やっと笑ったな。」
山口はそう言ってもう一度俺を撫でたあと胸にしみいるようなしみじみとした口調で
「お前は、かわいいなぁ。」とつぶやいた。
「・・・なんだよ・・・それ・・・」
すこしむっとしながら小声で返すと
「ふふふ・・・大好きだぞ。慎・・・」
「!!・・・・・・・/////」
そのまま固まってしまった俺に
「おやすみ・・・・・ちゅ。」
キスを残して俺の腕からするりと抜けた。
俺は動けなかった。
山口はまたあの吸込まれそうな瞳でしばらく俺の顔をみていたが、やがてきびすを返すと重厚な黒田の門構えの中へと消えていった。
放心状態の俺は、長いことそこで突っ立ったまま。中空に掛かる半月が俺を照してた。
やがて、ほうっとため息をつくと
「なにやってんだろ、俺・・・」
そう一人つぶやいて家に帰るために歩き始めた。
初めて好きだと言ってもらったことに、やっと気づいたのは家に着いてからだ。