春から夏へ、夏から秋へ。
少年は一つ大人になりDog Daysは終わりを告げる。
Dog Days 4
週末。
あたしたちは、郊外の公園へピクニックに来ていた。
仲直り(?)して最初の週末は、外で健康的に過ごそうと言うことで
あたしの提案でピクニックにしたのだ。
朝から弁当を作り、グローブやラケット、フリスビーにサッカーボールなど
目一杯トランクに詰め込んできた。
ひとしきり遊んだ後、あたしは昼食の用意をする事にした。
木陰にピクニックシートを敷き、用意してきたサンドイッチと飲み物、
サラダとカットフルーツを並べながら、あたしは草の上を走り回っている慎を眺めた。
慎は富士と一緒にフリスビーをやっていた。
富士のコントロールが悪いので、慎は何か怒鳴りながら汗だくになって走り回っている。
あの夜。
黒田へ帰る道々、ふたりでたくさんのことを語り合った。
子供のこと。
性のこと。
将来のこと。
・・・
ふたりとも語り足りなくてあたしの部屋に上がって
更に語り合った。
趣味のこと。
夢のこと。
慎の大学のこと。
司法試験のこと。
あたしの仕事のこと。
黒田の家のこと。
稼業のこと。
沢田家のこと。
あたしの気持ち、慎の気持ち。
慎の過去、あたしの過去。
今まで誰にも話せなかったようないろんなことを、全部さらけ出して。
泣いたり笑ったり時に怒ったりしながら、あたしたちは空が白むまで話していた。
「お前とこんな話をするのは初めてだな。」
「そう言えばそうかも。」
「お前が、あんなこと思ってたなんて考えても見なかった。」
「あたしだって、お前がそんな奴だったとは意外だ。」
「わりぃかよ。・・・嫌か?」
「いいや、益々好きになった。」
「ほんと?俺もだ。前よりもっと好きだ。」
「ふふ。」「ははは。」
そうして何をするでもなく、ただ寄り添って眠ったのだ。
付き合い始めてから三ヶ月以上が経つと言うのに
お互い、相手のことをよく判っていなかったことに
あたしたちは改めて気がついた。
あの夜初めて聞いたあたしの知らなかった慎は、
あたしのよく知っている慎と同じくらい愛しかった。
慎も同じ気持ちを持ってくれたように思う。
抱き合うだけじゃ、足りない。
話し合うだけじゃ、足りない。
そのことをふたり一緒に知った夜。
一緒にいながらキス一つせず語り明かしただけのあの一夜は、
ふたりにとって大切なものになった。
あの一夜があったから、今こうしてふたりで笑い合っていられるのだ。
汗びっしょりになった慎が、はぁはぁいいながら戻ってきて
シートの上にドサッと転がった。
アイスボックスからスポーツドリンクを出して渡してやると
ごくごくと喉を鳴らして飲む。
「ふわーっ、あっちぃ。」
バタバタと襟元をはためかせてそんなことを言っている慎は
年相応の少年に見えて可愛かった。
「大体、お前、おかしいだろっ。」
「何がだ?」
「なんで、このあっちぃのにピクニックなんだよっ。
脱水症状で死ぬぞ、これ。」
「だってさ、夢だったんだ。」
「へ?何が?」
「こうやって、彼とふたりで草原でピクニック、っての////」
「・・・へぇ////ってそれにしても季節が間違ってるだろーが。」
「いいじゃないかっ、やってみたかったんだよっ。
あ、サンドイッチ食べるか?」
「うん。あーん。」
「こら、それはなんだ?」
「彼とピクニックのお約束でしょー。あーん。」
寝転んだままそんなことを言う慎の口にサンドイッチを押し込んでやる。
「む、むぐ・・・み、水。」
「あはははは。」
「旨いじゃん、これ。」
「おぅ、手作りだ。たくさんあるぞ。」
「へぇ。手作りなんだ。」
「何か文句でも?」
「いや、嬉しい・・・ちゅ。」
「////」
それからは食べることに専念して、ふたりであらかた片付けてしまった。
慎は暑くて入らないなどと言っていたが、動いたせいか食欲旺盛だった。
食後のお茶を用意しているときに、ふと慎を見ると、
寝転んだまま赤いチェリーを口にくわえている。
カットフルーツに入ってた奴だ。一個しかないのに・・・
そのままちらっとこちらを見るから、唇を近づけてチェリーを取る。
「あーっ、それ俺のだぞ。」
くわえたままにっと笑ってやったら、赤い髪が目の前をかすめて
くちゅ・・・
「はい、半分こ。」
半分になったチェリーが口の中に押し込まれた。
「あーやったなー。えいっ、えいっ。」
「いて、こら、やめろって。あはは。こうだっ。」
「わ、くすぐったいっ。あはっ。」
楽しそうに笑う慎は、少し大人びて男らしくなったような気がする。
あたしは、この数ヶ月間の慎の変化を思い出して、改めて感慨を深くした。
初めてあった時は、反抗的で野良犬みたいな目をしていた。
なじんできた頃は、毛並みのいい番犬みたいな感じだった。
卒業後、告白してからは愛玩犬みたいな感じ、
付き合い始めてはじめの二ヶ月は、迷子の子犬みたいな感じ、
その後の一ヶ月は・・・サカリの付いた犬か。
犬ばっかりだな、なんか。
そう言えば、土用のことを英語でDog Daysって言うんだよな。
ふふっ、「犬の日々」なんて慎のことみたいだ。
この言葉は篠原先生が教えてくれたんだっけ。
先生は流暢なクイーンズ・イングリッシュを話すんだよな・・・
今。
隣にいる慎は、そのどれでもない。
落ち着いて、おだやかで、自分を持った男の目をしている。
この一週間の経験が、彼を成長させたのだと思う。
その前の狂乱の一ヶ月も、その前の囚われの二ヶ月も、
彼の糧となるために必要だったのだ。
そして、あたしのためにも。
慎、こんどはお前、自分で抜け出したんだな。
あたしも同じところに嵌っていたから、助けにいけなかったんだ。
寝転んだままの慎があたしをじっと見つめている。
目を瞑って顔を近づけると、唇に触れるだけのキス。
うとましいだけだった、あのギラギラした欲望はもう感じない。
慎の幸せそうな笑顔、長い腕、温かい汗、優しい唇・・・
この一ヶ月の間、失っていたものが還ってきたのだ。
「来週さ、お盆休みだろ?」
「うん。」
「12日からさ、旅行に行かないか・・・」
「えっ?ほんと?」
「ちょうどお前の誕生日だし。二人でお祝いしよ。」
慎はあたしを見上げて幸せそうに微笑んだ。
そんなあたしたちを富士がなんだか嬉しそうに見ている。
土用も過ぎて今日は立秋。
狂乱の夏が過ぎて、Dog Daysが終わりを告げる・・・
終
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あとがき
これでおしまいです。
ありがちな展開とありがちな落ちですみません(汗)。
肩すかしじゃーんとお怒りの皆様、石ぶつけないでください・・・
In the Lunatic Red Nightから続く一連のお話は、これで一段落です。
両方向に一度ずつ暴発して、慎ちゃんはようやく落ち着きました。
今後は健全な青年になった慎ちゃんのお話を書いていければいいなと思います。
最後になりますがDog Daysは、一般的には土用と訳すことが多いですが、
本来はDog star (シリウス)が、日の出の直前に東の空に輝く時期のことで
7月3日から8月11日までの期間のことです。
ふたりが付き合い始めたのは4月の末か5月初めだと考えているので
このお話の期間がちょうどDog Daysにあたります。
暗い話に長々とお付き合いくださった皆様、温かいお言葉をくださいました皆様、
ありがとうございました。
双極子
2010.5.5 UP
※おことわり※
このお話の久美子さんは経口避妊薬の副作用で体調を崩しています。
現在、医者の処方により手に入る低用量経口避妊薬では、このような副作用が
おこる可能性はぐっと低くなっています。
もぐりの医者は緊急救済用などで短期間だけ使用する濃度が高いタイプの
避妊薬を久美子さんにわたしました。久美子さんはそれを普通の避妊薬と
同じように毎日飲んでいたためこうなりました。
また、作中に出てくる堕胎薬ですが、ネット通販等で外国サイトから手に入るようです。
日本では認可されていない上、取り扱いになれた医師も少ないため、
専門家の立ち会いなく使用するのは大変危険です。
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