なんだか、最近ひどくだるい。
風邪を引いている様子はないのに、微熱が続いている。
胸が張るみたいに痛むし、なんだか吐き気もする。
Dog Days 2
だるい。蒸し暑い。
まとわりつく汗が、うとましい。
慎にしつこく求められることに、今日は我慢出来なかった。
それで、慎の部屋から逃げるように帰ってきてしまった。
どう思ったろう?
明日からしばらく会えないんだけど・・・
それが少し気にかかったが深く考える余裕もなく、
あたしは家に帰り着くと明日の用意をして
いつものように薬を飲むと泥のように眠り込んだ。
翌日、あたしは、山の中にいた。
青い空、輝く入道雲、眩しい青葉、さわやかな風・・・
白金学園の理事長のコンツェルンの持ち物だと言うその保養所は、
都心からずっと離れた山奥にぽつんとあった。
ここで、白金市教育委員会主催の教員向け研修会があるのだ。
蒸し暑い都会の喧噪を抜けて、高原の風に吹かれていると
身体も少し楽になるようだった。
研修は二泊三日で、びっしりと講義が詰まっており、楽なものではないのだが
普段と違う環境で、普段と逆の立場になるのは、いい気分転換になった。
この保養所は、どこかの破綻した特殊法人から安く買い取ったものだとかで、
なかなか充実した設備がそろっていた。
夕方になって食事を済まし、おのおの自由に過ごせる時間が来ると
あたしは藤山先生といっしょに一杯飲むことになった。
様子のおかしいあたしを、藤山先生は昼間のうちから気にしていて、
相談にのってくれる気でいたらしい。
このところ、色々悩んでいたあたしは、
恋のお助けボンバーの力を、ありがたく拝借する事にした。
「あなたねぇ、それじゃあだめよ。」
「でも、沢田はまだ未成年なんです。」
「だからって、なんでも許してやって、
好き勝手にさせておいて、本当にあの子のためになるの?」
「あいつ、変なところで繊細で。
色々もろいところもあるから、
あたしの方が頑張ってあげないと
あいつ、折れちゃうんじゃないかと
思うことがあるんですよ。」
「それで、あなたは満足しているの?
もっと甘えたり支えてもらったり
そう言うことをしてもらいたいんじゃないの?」
「それは・・・そうですけど。
今はまだ、そう言う時期じゃないっていうか。」
「でも、沢田君は、自覚もなにも全然ないんでしょ。
自然に気付くのを待っているうちに
あなたの方が参っちゃうわよ。」
「でも・・・」
あたしは、恐る恐る初めて結ばれた夜のことを話してみた。
案の定、藤山先生はひどく驚いたようだった。
「え~~~~!何それ~~~~!!」
「藤山先生、しーっ、てば!そんなに大声出さないでくださいよ。」
「だって、よくもまあ、そんなことを。
それでもまだ付き合ってるなんて、本当に惚れ込んでんのねぇ。」
呆れたように言う。
「はぁ、まぁ。/////いや、だからですね。
そんな事情があったもんですから、ここであたしが引いちゃうと
取り返しのつかない傷を付けちゃう気がして
どうにも断れないんですよ。」
「だからって、そんなグレートな若者に付き合ってたら
身体がいくつあっても持たないわよー。」
「・・・そうなんですよ。さすがに最近、きつくなってきて。」
「まあ、いくらあなたでも、そうでしょうねぇ。」
「昨日、とうとう断っちゃったんです。」
「あらま。でも、沢田君にはいい薬よ。」
「そうでしょうか・・・」
「そうよ。これって二人ですることなんだから、
どっちか片一方だけが楽しいなんてのは、邪道よ。
これを期に、少しは節制ってもんを学んでもらうのね。」
「はぁ。」
「あなたもそうよ。エッチするだけが『愛の営み』じゃあないのよ。
断ると、彼の愛情を否定するような気になっているんじゃない?」
「・・・」
「それは、全く、全然、完全に!間違いよっ」
「・・・」
「とにかくね、沢田君は『元生徒』じゃあなくて
あなたの恋人なのよ、こ・い・び・と。」
念を押すように言う。
「//////」
「一方が一方に寄りかかっているだけの関係なんて不自然よ。
お互い、与え合って許し合ってこその恋人じゃない。
あなたも、もうちょっと彼に対して自分を出すべきよ。」
「でも沢田は6つも年下ですし・・」
「まーたそれぇ?そんなの関係ないわよ。
年上の彼女と付き合うなら、それなりに腹をくくってもらわないと。」
「まあ、沢田ももう少し経ったら落ち着くと思いますし。」
「それならいいけどねぇ・・・
ところであなた、最近、だるそうだけど、まさか?」
「あ、いや。それがその。
それも最近ちょっと困ってまして。」
あたしは最近の身体の様子を藤山先生に詳しく話した。
「え~~~!それちょっとまずいと思うわ!
かえったらすぐ産婦人科に行きなさい!」
「やっぱり、そうでしょうか・・・」
「はぁーっ、やっぱりって、あなたねぇ。
能天気にもほどがあるわ!」
「はぁ、面目ありません。」
「とにかく、取り返しのつかないことにならないうちに
きちんとした病院へ行った方がいいわ。
すぐに行くのよ!これは、命令よ!」
散々怒られ、固く約束させられて、その日はお開きになった。
研修からかえった翌日、あたしは早速産婦人科へと行った。
待合室には当然のことながら妊婦さんが大勢いて、
赤ちゃんを連れた人も結構いる。
赤ちゃんか・・・なんだか遠い響きだ。
なぜだか男の人も大勢いるので、聞いてみると父親教室とのことだった。
男の人も女の人も三十代が多い。
如何にもおとうさんという年頃の男の人たちを見て、
いけないと思いつつも、あたしはついつい慎と比べてしまっていた。
自分でも驚くほど、子供に思えた。
父親教室に参加している人の中には四十代の人もいる。
慎の父親でもおかしくない・・・
そんな年の子と、こんな関係を続けるのは正しいことなのだろうか。
父親になる慎の姿は、どうしても想像できなかった。
あたしにもまだ覚悟が出来ていないからなんだろうか。
腹をくくったと言っても、あたしにも未知の体験だ。
及び腰になるのはそのせいだろうか・・・
考えていると、突然、
「山口さーん、山口久美子さーん、診察室にお入りください。」
「はいぃぃぃぃ!!!」
びっくりして大声出しちまった。
森本先生は、中年のやさしそうな女医さんだった。
問診が終わると、きつい口調でたしなめられた。
「あなたもね、大人なんですから。
ご自分の行動がどう言う結果を生むか
きちんと考えなくっちゃいけませんよ。」
「はぁ。」
「最近ねぇ、多いんですよ。こういうケース。
考えなしの若い人が多いんですけどね。」
「・・・」
「とにかく、薬を出しますから。
一週間後にもう一度きてください。」
「・・・はい。」
「これからの一週間ほどはかなり辛いと思いますが
病気な訳じゃないですから。耐えてください。」
「はい。」
薬を処方してもらい、あたしはとぼとぼと病院を出た。
あたしはひどい自己嫌悪に陥っていた。
藤山先生にも森本先生にも怒られちまった。
こんなことになったのは自業自得だ。
慎の責任・・・?
いや、あいつに責任はない。
あたしがひとりでやってることだ。
あいつを守ってやらなきゃ。
身体を張って守るって決めたんだ。
でもなぁ、やっぱりあれほど激しく求められるのは少々辛いよ。
あたしの身体ばっかり見て、あたしを見てくれない。
もっと愛して欲しい、もっと大事にして欲しいとのぞむのは、
あたしの欲が深いからなのだろうか。
でも、あれが慎なりの愛情表現なのかもしれないと思うと
怖くて拒絶できなかった。
受け止めてやらなくちゃ。
あいつを守ってやらなきゃ。
身体を張って守るって決めたんだ。
でも、受け止めてやれなくなってしまったら、
彼は去ってしまうだろうか・・・
彼を守りたいから耐えているのか、
彼を失いたくないから耐えているのか。
どちらの気持ちが強いのだろう。
最近の慎を少しうとましく感じている自分のことを考えた。
以前は、そうじゃなかったはずだ。
あたしも頼りになるやつだと感じていたし、
猛勉強してまで自分への思いを示してくれた慎を
心底可愛いと思っていたはずだ。
だけど、こんなことに溺れている慎は好きじゃないと思う。
それが、あたし故なのだとしたら
離れた方が彼のためだろうか。
それにしても、先日の別れ際のやりとりを
彼はどう思ったろうか?
会いたい。
でも・・・
鈍った頭でそんな結論の出ないことをぐるぐる考えながら
大きな交差点で信号待ちをしていると、突然聞き慣れた声がした。
「よぉ。」
無愛想な顔の慎が立っていた。
会いたかった。でも会いたくなかった。
その気持ちが言葉になって出てしまった。
「!・・慎・・・どうして・・・?」
「いちゃ悪いのかよ・・・」
ぶっきらぼうに慎が言う。
その口調は苛立たしげで、怒っているようにも聞こえる。
先日のことに腹を立てているのか・・・
気まずくて早く信号が変わらないかとそればかり願っていた。
慎はあたしの横顔をじっと見ていて、何か言いたげだな様子だ。
慎が口を開いたところで信号が代わり、同時にあたしの電話が鳴りだした。
助かったと思いながら慌てて電話を取りつつ、慎に向かって言った。
「すまん、今時間がないんだ!
また後で電話するよ!」
まずい、遅れちまう。
慎がすがるように、
「今日の夜、俺の部屋に来てくれないか?」
と言ってくるのを適当にごまかし、走って逃げた。
今夜は抱かれてやる気には、なれない。
面と向かって断るくらいなら、
最初から行かない方が、きっといい・・・