はっきり言って、最近の慎は、
まるで犬だ。
あたしと慎が本当の意味で結ばれたあの日からひと月が経っていた。
終業式までなんとか無事にこなし、今日から夏休みだ。
Dog Days 1
長年のトラウマを克服して「大人」になった慎は、
それまでの反動からか、ばかみたいにやりたがるようになっちまった。
まるでサカった犬みたいにあたしを見る度に顔を寄せて来て腰を擦り付けてくる。
大抵の場合、そのまま脱がされて押し倒されて・・・
せっかくお洒落して来ても珍しく頑張ってお化粧してみても、
ろくに見てもらえず、あっという間に脱がされちまう。
ところ構わずキスされるからお化粧もはげちゃって、
鏡の前の努力が水の泡。
やっぱ恋する乙女としては、恋人にすこしでも
きれいな自分を見てもらいたいと思う訳で。
気合いを入れて装ったその姿を、もっと愛でてほしい。
そう言うと、慎は、何を着てても綺麗だよ、
着てないときのほうがもっと綺麗だけど、なんて言いやがる。
一緒にいる時間のうち68%は何も着てないって、どうよそれ。
とにかくすぐ屋内に入りたがるし、
入ったら最後、それがどこだろうとやることはただ一つ。
このひと月で何度抱かれたろう。
37回?・・・いやもっとだな。とにかくあの手この手で
怒濤のように攻めてくるあいつは、まるで技のデパートだ。
最近だるそうな訳を藤山先生に
聞かれて、ちょろっと漏らしたら
「わぁお、グレート!!」
って言われちゃったよ。
ま、あたしも嫌な訳じゃない。
あいつの綺麗な身体を触るのは楽しいし、
切なそうな声を聞くのも好きだ。
はじめは無我夢中なだけだったけど、段々あたしも
その、楽しめるようになって来たし。
拒絶するとそれこそ迷子の子犬みたいに
しょぼくれるから、ついついあたしもほだされちゃって・・・
体力には自信があるから、彼の若さにつきあうことも出来るし。
だけどさ。人間、それだけじゃないだろう?
ふたりでおしゃべりしたり、どこかへ行ったり、
一緒に何かに感動したりさ・・・
そう言う時間を積み上げていくってのも
生きていくためには大事なことじゃないのか?
なのにお前ときたら・・・
京さんの嘘つき。
「そんなら一発抜いたらすっきりしやすぜ。」
って確かに一回したらあいつの悩みは吹っ飛んだけどさ。
そのあとこんなになるなんて言ってなかったじゃん。
そう抗議したら
「あー、ま、覚えたての十代なんてのぁ
サカリの付いた犬みたいなもんでさぁ。」
慎とあたしのことだとは思ってない京さんは、そんなこと言って笑ってるし。
蒸し暑い部屋の中、入って二分もしないうちに慎の腕の中に
抱きすくめられ、またか、と少しだけうんざりしつつも
いつもの陶酔が襲ってきて、抵抗も出来ないまま
あたしは、ぼんやりとそんなことを思い出していた。
ややあって。
あたしは今度は、慎のベッドにうつぶせに寝かされていた。
慎はなにか楽しそうに独り言を言いながら後ろにいる。
胸もあわさない、顔も見えない、
肌もさわらない、キスも出来ないこの体勢は、
心が繋がってないように感じてなんだか好きになれない。
蹂躙されているって言葉がぴったりな気がして、悲しくなってくる。
まだ、ふたりともこんなことに慣れていなかった頃は、
もっと互いの存在を確かめ合うように抱き合っていた、と思う。
やさしく相手を求め合い、与え合って一緒に安らぐ。
慎の幸せそうな笑顔、長い腕、温かい汗、やさしい唇・・・
今、それがないって訳じゃないけど、ずっと割合が低くなっていて、
かわりにもっとギラギラした欲望みたいなものを感じて、
それがほんのちょっぴりうとましい・・・
自分の心にこんな気持ちがわくのがすごく嫌だった。
可愛い慎を、何があっても守ってやろうと、
何をされても大丈夫だと、そう信じていて、今もそれは変わらないけれど。
手に入れてしまったから、余計に欲が深くなるのだろうか。
そんな自分は嫌だ・・・
いろいろ考えているうちに身体の火照りがすっかり醒めてしまったあたしは
慎が満足するまでじっと待っていた。
そんなあたしの様子に気付くこともなく、慎はひとりでご機嫌で。
やがて、身体のつながりが解かれると、慎が背中にキスをした。
チクッとしたその痛みがいつになく強く感じて、あたしは思わず
抱き上げようとする慎の手を払ってしまった。
ふらふらと風呂場へ行き、身体を流す。
最近なんだか、ひどくだるい。
微熱がずっと続いている。
少し休みたい・・・
訝しげな顔の慎が交代で風呂へ言った隙に、きちんと身支度をする。
今日はもうこれ以上は勘弁。
シャワーから出てきた慎が、甘っちょろい「覚悟」とやらを語るのを聞いていたら
段々哀しくなって来た。
慎はまだ18才だ。
具体的なふたりの将来のことなんて想像もつかないに違いない。
今が楽しければそれでいいと言う、その若さを受け止めて
待ってやることも、あたしには出来るけど・・・
「さ、行こっ。」
慎がいつもの屈託のない笑顔で、手を差し出している。
それを受け入れてやる余裕は、今日のあたしにはもう出てこない。
休みたい・・・
「飯なぞ、食わん。お前ひとりで行け・・・
あたしは帰るよ。」
「そーかよ。じゃっ。またな?」
慎の拗ねたような声を後ろに、慎の部屋を出た。
先が思いやられるな。
こんな調子じゃセンセーはお前の未来が心配だ。
「やる」以外にその若さをぶつける対象を見つけさせないと
いけないよなぁ・・・さて、どうしたものか。
あたしはふらつく身体を引きずって、ひとり家へと帰っていった。