※原作・卒業後、おつきあい前。「一生の不覚」の一ヶ月前くらい。このシリーズは番外編2008と2009はなかった事にして読んで下さい。
刹那の夢
「おい、23日だけどさ。待ち合わせ7時15分でいいか?」
「23日?」
「おう。その日はちょっと市の防犯の集いとか言うのに学校代表で出なくちゃならなくてさ。市役所で5時からだから、浴衣に着替えに戻るとなるとちょっと7時までには行けそうにないんだ。お前、浴衣だろ。それならあたしも着たいなぁと思ってさ。いいだろ?」
「ああ。まあ、いいよ。」
唐突に話し始めた山口に面食らったが、話の内容からすると明後日の白金川花火大会に誘ってくれているらしい。で、俺も浴衣を着ていく訳ね。ふぅん・・・
去年も一昨年もなんだかなし崩しにふたりで行くことになった花火大会だったが、今年はどうしようかと思案中だった。仲良くつるんではいるが、付き合っているってわけじゃあないので、ふたりきりで出かける誘いには神経を使う。デートだーっと身構えられてしまえば、ぎくしゃくするばかりで楽しめないし、かと言ってあまりさりげなさ過ぎると勝手に参加者を増やされてしまってふたりきりになれないし。
で、誘う言葉をあれこれ考えていたんだが、山口の中では既に一緒に行くことに決まっていたらしい。花火大会の話題がいっこうに出ないので訝しんでいたところだった。断られる訳がないと信じきっている笑顔が可愛くて、渡りに船のその誘いにありがたく乗らせてもらうことにする。
「屋台が出てるからなんか食べるとして、夕飯どうする?」
「終わってからになるな。」
「そうすっと、9時半すぎちゃうなぁ。混んでるだろうからいっそお前んちで食うか。」
「ああ、いいよ。」
「ま、ふたりだし、わざわざ作ることもないだろうから何か買っていこ。」
「そうだな。酒も?」
「そうそう。酒も♪」
「ロイヤルゼリー入りコラーゲン酎ハイ?」
「その通り!」
そっか、今年ははじめからふたりなんだな。
23日。
約束を少し過ぎてやってきた山口は、昨年一昨年と同様可愛いらしい浴衣姿だった。
今時珍しい白地に藍染めの桔梗が散っている古風な物で、華やかすぎず渋すぎず山口の良さを引き立てていてなんとも愛らしい。聞けば、母親のものだと言う。風呂上がりなのか、ほのかに石鹸の香りもして清潔感を引き立てている。黒髪をまとめてあげてあるから白いうなじがまぶしくて、漂う控えめな大人の色香に俺はしばらく見蕩れていた。
「よ!沢田、おまたせー!今年もギャル達の熱い視線を独り占めだな!うん、カッコいいぞっ、沢田。やっぱ美人先生の隣に立とうと思ったらそれくらいじゃねぇとな!」
誰が美人先生だ、と突っ込まれるのを待っているんだろうが、否定する気にはなれない。
「そうだな。綺麗だよ。」
眼を覗き込んでそう言ってやると、ぱぁっと赤くなってもじもじしながらも嬉しそうだ。
「えへへ////」
「じゃ、行こうか。」
思わず俺も笑顔になってそう言ったら、
「うん!」
山口はひょいと俺の手を取って歩き出した。
意外な行動にドキッとした。
赤くなっているのに気付かれないだろうか。
繋いだ手のひらから山口の熱が伝わる。
汗ばんだ手のひらが気持ち悪いと思われないだろうか。
そんな俺の戸惑いをよそに、山口は終始ご機嫌で、焼きトウモロコシにかぶりつき、イカ焼きを頬張って、水風船に金魚を買ってにこにこしている。
「あ、なぁなぁ。あたしあれ見たい!」
急に腕を組まれて戸惑っているとそのままぐいぐいと連れて行かれてしまう。
胸の膨らみが肘にあたって全神経がそっちに持っていかれてしまう。
浴衣のときはブラはしないものなのか?
控えめと言えども男の身体には存在しない柔らかさに、狼狽する。
どこまで俺を煽れば気が済むんだか。
見たい、と言ってつれてこられたのは、根付けの屋台だった。
夜灯りにきらきらと光って幻想的だ。
「あ、なあなあ、これ!面白いぞ!」
見ると小さな打ち出の小槌の中に更に小さな細工物が色々入れられている。
どれも金色に光っていてとても綺麗だ。
大黒天、恵比寿神、サイコロ、小判、蛙、狛犬そして
「この変な形の、なんだろ?」
「さぁ?同じのが1、2、・・6つあるな。」
「それはヒョウタンだよ。」
「「ヒョウタン?」」
「そ。ヒョウタンが六つでむびょうたん。無病息災ってな。かっはっは。」
「ぷっ、なんだそれ。でも気に入った!買ったぜ、オヤジ!」
「毎度ありー。色男の彼氏さんの分もどうだい?」
「えっ、いや、あの、その、こいつは彼氏なんかじゃ////」
必死に否定しつつも赤くなってなんだか嬉しそうだ。
「ぷっ、二つください。」
「おっ、昨今の色男にしちゃ太っ腹だなぁ。よーし、まけてやんぜぃ。
この小槌にゃあ子宝のお守りも入ってるからよー。頑張れよー。」
「どうも。」
「なっ////」
「毎度ありー!」
あたふたとあらぬ想像をしているらしい山口を引っ張って花火会場へと移動する。
「ほら、携帯出して。」
「携帯?」
よく分かってない顔をして渡してくれた携帯電話に先ほどの打ち出の小槌をつけてやると、満足そうに眺めてにっこり笑った。
「よし、沢田の携帯も貸せ。」
出してやるともう一つの打ち出の小槌を俺の携帯電話に付けてくれる。
「へへっ。お揃いだな。」
可愛い顔で嬉しそうに笑う山口は、仕草も顔もすっかり恋する女のものだ。
俺のためって自惚れても・・・いいか?

あがり始めた花火に顔を輝かせ
「ストロンチウムは綺麗だよなー。あ、バリウム。」
なんて言っている山口の横顔を眺めながら、そっと山口の腰に手を回す。
少しだけ引き寄せると、そのままもたれ掛かってくる。俺の左手に山口の右手が添えられた。
それは、咲いては消える花火のように一瞬で消える幻のようなものかもしれない。
俺の腕の中で寛いでいる山口の髪の香りを嗅ぎながら、俺は刹那の夢を噛み締めた。
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こんにちは!
まーたやってしまいました。尚様のイラストの「挿文」です。
いい加減、我ながらしつこいと思いつつも花火を見るふたりの雰囲気にあてられて、一気に書いてしました。素敵なイラストが台無し!と思われた方、ごめんなさい・・・
刹那は10のマイナス18乗のことです。すごく短い時と言う事で使われている言葉ですがなぜかロマンチックな響きで好きな言葉です。同じ小さい数の単位でも「模糊の夢」「須臾の夢」だとカッコつかないのはなぜでしょう(笑)。
ちなみに、花火に入れるとストロンチウムは赤、バリウムは緑、ナトリウムは黄色に発色するそうです。
2009.7.26 ツキキワに投稿
2010.8.20 サイトにアップ
イラスト:尚様