※原作・卒業後、おつきあい前。2008はなかったことになってます。
一生の不覚
「ぬ、脱ぐんじゃねぇ。寄ってくんな。しっしっ!
だーっ、目ぇうるうるさせながらせまってくんじゃねーっ」
目の前の男は、ついこの間まで未成年だったとはとても思えないような色気をたっぷり振りまいて、どんどん迫って来る。
先にさっさと脱いでいるこいつの肌身を見て、不覚にもときめいちまった。
だってだって、あの祭りフンドシ姿を彷彿とさせんだよ。
今まで見たフンドシ姿で間違いなく歴代一位ってくらいうっとりしたんだよ。
その一瞬の躊躇が命取り、逃げ遅れちまった。
「ほら!いい加減観念しろって。ん?ここまで来てそれはないデショ。」
「うわっ。手際よく脱がしてんじゃねぇ!お、お前なんか手慣れてないか?」
「そーんなことないですよー、センセー。俺は純情一途だしね♪」
「わわわわ。」
そりゃ、お前があたしを好きだって言うのは知ってたさ。
あたしだって、憎からず思ってるさ。
卒業して一年以上も経ってるって言うのにいつも隣にいてくれて、
何かってぇと頼りにしちまうけどもさ。
だけどだけど、まだ何も言ってないのに、言われてないのに、
一足とびにこんなことになってるなんてっ。
白金の外れの、ちょいと小洒落たラブホテル。
最近素行の怪しい生徒を見かけたって噂を聞いて、心配になって覗いてみたんだよ。
ここら周辺でヤクを売ってるって情報もあったしさ。
もしそんなことにかかわり合ってたら、素人のガキじゃあ太刀打ちできない。
泥沼にはまる前になんとかしてやろうと、やってきたんだ。
場所が場所だけに一人じゃ様にならないだろっていって沢田がついて来てくれて。
やっぱ頼りになる奴だなーとか、喜んでたんだ。
怪しまれないようふたりで中に入って、ちっとばかし黒田の名をチラつかせながら
穏やかに「お話しあい」をし、支配人に洗いざらい吐かせたんだ。
ヤクの取引の黙認、非合法ビデオ撮影の協力、援助交際の仲介。
ケチな汚れ仕事ばかりをこそこそやって小遣い稼ぎをしていただけで、
裏にどこかの組織がいると言うのでもないようだった。
結局、うちの生徒はここには来なかったみたいで心底ほっとした。
それでも、高校生には手を出さないよう、きっちり締め上げて。
ケチなやろうだったから、おじいさんには言わないでおいてやるって約束で、
一切の手を引かせた。もちろん、約束破ったら目にもの見せてやるけどさ。
手のひらを返すように馴れ馴れしくなった支配人は、御礼にって言って
このホテルで一番いい部屋に案内してくれた。
こんなところだって言うのに二間続きのスイートで、専用バルコニーには露天風呂まで付いている。窓辺のサイドテーブルに柔らかそうなソファ、天蓋付きの大きなベッド・・・
サービスのつもりなのか、支配人はシャンパンだのオードブルだの豪勢に並べてくれちゃって、ではごゆっくり~、っておい、あたしと沢田がこんなところで何を「ごゆっくり」するってんだよ。
支配人が出て行った後、思わずそう言ったら、沢田のやろう、しれっとした顔をして、
「そりゃあ、男と女がこんな部屋にいてごゆっくりとくりゃ、やることはひとつだろ。」
艶っぽい目をしてニイッと笑って、沢田はゆっくり迫って来る。
後ずさりすると、ベッドに突き当たって倒れ込む。
なんとか起き上がってベッドの上をにじり寄って来る沢田から逃げる。
そして冒頭へと戻るわけだ。
あたしらな、キスもしてないんだぞ。
それどころか、付き合ってすらいないじゃないか。
てか、あたしは好きだと言った覚えはないぞ。
なのになーんでそんなに自信たっぷりなんだよっ!
後ずさりしていたら壁に背中が当たって止まってしまう。
もうあとがねえじゃねえか。沢田の唇が近づいて来る。

山口久美子、人生最大のピーンチ!
・・・いや、チャンス・・・なのか・・・?
顔が赤くなっているのがわかる。
綺麗な顔の色男を迫力不足の目で睨みながら、こっそり握った拳を出そうか否か。
5cmの距離まで迫った沢田の肌身を前に、あたしはまだ悩んでいた。
イラスト:尚様