吾亦紅 エピローグ
あれから一年・・・
俺たちはあのマンションで一緒に暮らしている。
両脚が元に戻るまでにかなりの時間がかかると言う事もあって、面倒を見るためにと久美子が引っ越して来てくれたのだ。リハビリがすんで、俺の身体がすっかり元通りになっても久美子はそのまま居着いていた。
俺のしたことについては、元気になってから何度も話し合っていた。
久美子はずいぶん渋ったが、俺の母と玲のためだと言う俺の説明を聞いて最終的には折れてくれた。冷静に考えてみれば、それが一番すっきりした解決方法なのだ。俺の犠牲が大きすぎると言うのが久美子の反対理由なのだから、その分俺の願いを叶えれくれれば良い。久美子さえいてくれれば充分なんだ。そう言うと、真っ赤になりながらも納得してくれたのだ。
会社の方は一時期かなり危なかったのだが、社員が頑張ってくれたおかげでつぶれずにすんだ。元々そのつもりだったのもあって徐々に俺のかかわる割合を減らし、今ではほとんど任せっきりにしている。
大学は怪我のせいで二ヶ月も休んでしまったが、俺はなんとか単位を取って無事進級した。司法試験は滑ってしまったが、短答式と論文式には合格していたから、翌年一年に限り口述試験の受験資格が貰える。だから浦目弁護士のところでバイトをしつつ俺は試験勉強を続けていた。
そうして去年は受けられなかった口述試験に俺は見事に合格した。
旧制度の司法試験最後の合格者だ。
後は大学卒業を待って司法修習生となり、一年四ヶ月の修行を終えたら無事に弁護士となれる。あと一年半、待つかどうかしばらく迷っていたのだったが、この一年のふたりの暮らしを考えて、もう待つことに意味はないと思い至った。大学を卒業したらすぐ結婚したい。
その決意がついたのは口述試験が終わってからだ。
「ただいまー。」
「おかえり。お疲れさま。」
「どうだった?」
「ばっちり。」
「そっかぁ。合格おめでとう!」
「ん、ありがとな。」
俺はテーブルに出しておいた小さな箱を取って久美子に差し出した。
「久美子・・・これ。」
いつか自信が出来たら久美子に渡したいと思ってずいぶん前に用意したものだ。
改まった顔になって久美子はそれを開けた。
「わぁ・・・」
「はめてみて。」
「ん・・・どうだ?」
「よく似合うよ。」
鮮やかな血を思わせる赤い色の石がはまった婚約指輪だ。
久美子の血色のいい白い指によく映える。
「普通こう言うのってダイヤじゃないのか?どうしてルビーにしたんだ?」
指を眺めながら久美子が聞く。
「それ、ピジョン・ブラッドって言うんだ。」
「ピジョン・ブラッド?」
「ああ、鳩の血って意味。ルビーでは最上級の色とされているんだ。希少なものでね、手に入れるのに苦労したよ。」
「へぇ、そうなんだ!でも何だって血の色なんだ?」
「これは、俺の血のかわり。」
「え?」
「お前との契約の証しってことで、血判状みたいな感じ?」
「ぷっ、なんだそれ。」
「俺の決意の証しだからな。ほら、結婚指輪も。」
「あ、こっちにもルビーがついてるんだ。」
「そ、目立たないけどな。あとこれも。」
「ネクタイピン?こう言うのって結納返しとしてあたしが買うもんじゃないのか?」
「こっちの指輪と同じ原石から取った石なんだ。お前とお揃いにしたかったから・・・」
「そっか、じゃその分のお金はうちから出すよ。」
「そ?」
「うん。結納返しになるだろう?」
「ああ。」
「綺麗だな。」
「気に入ってくれた?」
「うん。」
「結婚してくれる?」
「うん。・・・ってばか。もうちょっとまじめに言いやがれ////」
「俺のこと貰ってくれる?」
「へ?」
「一文字変わるだけだからな。」
今、俺は「山本慎」とは名乗って入るが、山本代議士の籍からは既に分籍済みだ。
杯を交わして契った義理の親子の絆は既に揺るぎないものになっていた。
「・・・いいぞ。貰ってやる。その代わり、もうどこにも行くんじゃないぞ。」
久美子の指が俺の頬にのびて、そっと撫でながら言う。
「それは俺の台詞。」
「絶対先に死んじゃ駄目なんだぞ。」
「お前こそ。」
「うん。」
しっかりと抱きしめて、唇を重ねる。
「不束者ですが、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
見つめ合ってまじめに挨拶して、俺たちは同時に吹き出した。
ひとしきり笑い合うと久美子が言った。
「おじいさんに電話するな。」
「ああ。」
久美子が電話をしているのを横目で見ながら自分も実家へ報告する。
親父もお袋も祝福してくれた。表立って交際することは控えた方がいいだろうが
縁が切れた訳じゃない。
「え、今から?・・・もう遅いから。うん・・・なあ、慎。明日来いって。」
「ああ、組長さんに挨拶に行こう。」
「うん、じゃあ・・・うん、ふたりで行きます。・・・じゃあ、また明日の夜に。」
翌日は雲一つなくて、ふたりで連れ立って外に出ると満天の星だった。
「ふわぁ、寒っ。」
「こっち来いよ。」
白い息を吐いて震えている久美子の身体を引き寄せて、
ふたり寄り添って黒田へ向かう。
ようやく手に入れた俺の伴侶。
生涯、ともに生きていこう。
久美子の指に光る紅の石を見つめながら決意を新たにする。
吾も亦、紅なり。
ささやかなりとも紅の意地、立て通してみせる。
健やかなる時も。
病める時も。
これからは、ずっと共に。
(了)
-------
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました!
長編ノンコメ「吾亦紅」如何でしたでしょうか。
このお話は「吾も亦、紅なり」の言葉が慎ちゃんのようだなと思ったことがきっかけで思い付きました。そこから一気に連想が広がりこのようなお話になりました。思いついてから形にするまで数ヶ月かかっています。難産でしたが、自分では今の持てる力を精一杯注ぎ込めたと思っています。お話には書いていませんが、吾亦紅の花言葉は「愛慕」です。こんなところも慎ちゃんにぴったりだなーとひとりで悦に入っていたりします。余談ですが、このラストシーンはこのまま「Dipole」に続いています。
連載中、欠かさず応援くださいました方々、拍手くださいました方々、またお読みくださいました方々、本当に感謝しております。
長々とおつきあい、ありがとうございました!
2009.8.18
双極子拝
2010.5.9 UP