吾亦紅 9
身体が重い。
頭がしびれるように痛む。
背中に鉄の板が入ったように硬直して重く冷たくなっていく。
腹の辺りがすぅすぅする。
温かい液体でぐっしょり濡れているから、ちびってしまったかと心配になった。
腹を探ったら手に血がべっとりと付いたから、濡れているのは小便のせいじゃないとわかって俺はちょっとほっとした。
耳が痛い。
腕が熱い。
脚はなくなってしまったのだろうか。
まったく感覚がなかった。
目の焦点が合わない。
不意に頭が持ち上げられた。
何か柔らかいものに包まれている。
頬にぽたりと何かが落ちて来た。
誰かが何かを言っている。
女の鳴き声が聞こえる。
あれは・・・
あの声は・・・
「・・み・こ・・」
久美子。
「慎?慎!おい、気をしっかり持てよ。傷は浅いぞ。」
「久・・美子・・・」
久美子、やっと会えたな。
でも、顔がよく見えない。
どこにいるんだ?
「ここにいるぞ。慎。慎っ。眼をつぶるな。しっかりしろ。」
「・・・くな・・」
何、泣いてるんだよ。
「え?何?なんて言ったんだ?」
「泣・く・・な・・」
どこか痛いのか。
「ばか。こんなときに何言ってるんだ。いいか、死ぬな。死ぬなよ。」
「・・怪我・・・ない・・・か・・?」
どこも痛くないか?
「ないよ。ないから。お前が庇ってくれたから。この通りぴんぴんしてる。
だから、な。しっかりしろっ。」
「よか・・・た・・」
無事だったんだな。
「いいか、慎。死んだりしたら許さないからな。死ぬなよ。今、救急車呼んだから、な?」
救急車?必要ないだろ。
「いい・・・」
「何が?何がいいんだ?」
「死んでも・・いい・・・」
丁度いいじゃないか。
「なんでだよっ。」
「今生・の・・別れ・・なん・・だろ。」
そう、言ってたよな。だったら。
「何言って・・・」
「今、死んだら・・・チャラだ・・・から・・な。
生まれ・・変われば・・・もう一辺・・・お前と・・・」
もう一度付き合えるってそう言うことだよな、今生の別れって。
「慎っ?」
そんな顔するな。お前が無事で・・よか・・た・・・・
「・・・・」
「ばかぁ!!死んじゃ駄目だ!!慎、しーん!!」
「・・・・」
「慎っ、慎っ、慎っ、うわああああああん。嫌だぁあああっ!!」
救急車のサイレンが近づいてきていた。
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2009.8.15
双極子