原作・卒業後、婚約中。ノンコメ作品「吾亦紅」の続編。



真っ赤に焼けた鉄が打たれる度に火花を散らす。

鎚音と共に輝いて、流れては消え、消えては流れる。

輝きが放たれる度、鉄は強くなっていく。

それは次第に姿を変え、本性を現していく。



刀身



「お前ぇのお守りに、な。」

ちらほらと開いている早咲きの梅が香る黒田の奥座敷に座った俺に

組長さんは口の中で小さく呟くとそれを差し出した。

ずしりと重い日本刀だ。

「抜いてみねぇ。」

言われて柄を握ると一気に引き抜いた。

すらり、と抜き身の刀が現れた。

立春の陽光に煌めいている。

反り身の背、細やかに波打つ上品な地紋、鋭い切っ先・・・

見つめているとその魅力に吸い込まれそうだ。

身じろぎもせずに刀身を眺めている俺を、組長さんはじっと見ていた。

「俺からの婚約祝いだ。取っといてくんな。」

刀を元通り鞘にしまった俺は、それを膝元に丁寧に置くと組長さんに手をついた。

「ありがたく頂戴いたします。」

「こんな物騒なもんを渡したかぁないが・・・」

言葉と裏腹に組長さんは鋭い眼光で俺を見た。

黒田の孫娘を娶る覚悟があるかと問うているようだった。

「いえ、喜んで頂きます。」

臆さずまっすぐ瞳を見据えてそう答えた。

組長さんはじっと俺を見つめていたが、やがてふっと眼光を緩めると笑みを漏らした。

「久美子をよろしく頼む。」

「はい。」

きっぱり言ってもう一度頭を下げた。

目の前の美しい黒鞘を見ながら、俺は先月のことを思い出していた。


その日・・・

俺は久美子に誘われて郊外にいた。

久美子は行き先だけ告げると俺を車に乗せ、黙って走らせた。

やがて都心を抜け百年橋インターチェンジで高速を降りると、

集落を抜け山道へと車を進めていく。

車は少し開けた清流のほとりに建てられた一軒の家に辿り着いた。

かなり広い地所で、構えこそ小さいが奥深い家だ。

久美子が声をかけると家の主らしい60がらみの小柄な男が玄関に出てきた。

「こんにちは。ご無沙汰しています。」

「おお、久美ちゃん。よく来たね。さあ上がりなさい。」

気さくに声をかけてくれて、俺たちは座敷に通された。

暖かい座敷には火鉢があって、正月の飾りが床の間にしてあるほかは、

質素と言っていいくらいの簡素な部屋だった。

古びた家だがどこも綺麗に掃き清められていて気持ちがよい。

やがて先ほどの男が香り高い煎茶を運んできて、俺たちは改めて挨拶を交わした。

様子からすると、久美子と男は旧知の間柄らしい。

組長さんの近況などを話して和やかに時が過ぎていく。

久美子が差し出した手紙を男はじっくり読んで何か考えていたようだったが

やがて一人頷いて顔を上げた。

「この件については任せておいて下さいと、三代目に。」

「はい。よろしくお願いします。」

「こちらが?」

「はい・・・////」

男は穏やかな目で俺をじっと眺めていたが、やがて深い笑みを浮かべた。

「いい目だ。久美ちゃん、おめでとう。」

「ありがとうございます。」

「工房をみるかい?」

「はい、ぜひ。な、慎。こんな機会滅多にないぞ。」

何のことかわからなかったが、久美子の顔を見て俺のためだと言うことがわかったから

黙ってふたりについていく。

家の中を抜けて裏に回ると工房があった。

刀鍛冶の工房だった。

広い工房で、弟子なのだろうか、比較的若い男達が熱心に作業している。

「これは折り畳み鍛錬と言ってね。玉鋼を強くするための工程だよ。」

TVでよく見るような光景で、真っ赤に焼けた鉄の塊を大きな鎚で叩いている。

リズミカルな音が響いて、鎚が降り下ろされる度に火花が散る。

真っ赤に焼いた玉鋼を半分に折り畳み、叩いて伸ばすことによって不純物や空気が抜け

強く粘りのある鋼になるのだそうだ。

単純な作業のように見えるが、折り畳んだ鋼が一体になるよう打つのは経験と勘が必要で、

一人前になるためには長い修行が必要なのだと言う。

真っ赤に焼けた鉄の放つ光が眩しい。

間近で見ると凄まじい熱を放っているのがよく判る。

灼熱の塊に勘と経験だけで向かい合い、生身の身体を曝す男達。

潔いその姿にしばし目を奪われた。

ふと久美子の顔を横目で見ると、やはり魅入られたように輝きを見つめていた。

頬に焔の赤みが映えて白い顔が浮かんで見えた。

きらきらと火の色に光る瞳が美しい。

激しく燃える紅蓮のような女・・・

お前を守るための力が欲しい。

鉄を打つ火花は、鎚音と共に流れては消え、消えては流れる。

打たれる度、輝きを放つ度に、己を削って強くなっていく玉鋼。

灼熱の焔に何度も焼かれ、幾重にも折り畳まれて、輝きを放つ。

そして、その果てに冴え冴えとした美しい刃が生まれるのだ。

紅く輝いて打たれる鉄に、いつしか俺は己の姿を重ねていた。

鍛えられ、研がれて、俺も強くなりたい。

愛する女を、その家族を、守れるだけの男になりたい。

そんな思いを抱いて工房を後にしたのだ。



カタリ・・・

障子が音を立てて俺は物思いから覚めた。

顔を上げると久美子が座敷に入ってきたのが見えた。

「おぅ、久美子。お入り。」

「はい、おじいさん。」

久美子は俺の隣に座ると組長さんにきちんと手をついた。

「おじいさん。ありがとうございます。」

「いいってことよ。うちの大事な婿殿だからなぁ。」

「慎。この刀はな、おじいさんがお前のために誂えたもんなんだ。

この前、手紙を届けたろう?」

「じゃあ、あの時の・・・」

「そう言うこと。師匠にお前を見てもらったんだ。」

「・・・・」

「お前ぇにぴったりだろう?」

組長さんが口を挟む。

「はい。」

俺は改めて美しい拵えの刀を眺めた。

繊細で美しく、無駄なものが一切ない、戦う男のものだ。

この刀に見合うように。

昇り龍の掌中の珠に相応しい男となるように。

久美子、お前の隣に立ちたい。

「久美子さんを必ず幸せにします。」

先ほどとは打って変わって穏やかな目元をほころばせると、

組長さんはもう一度静かに言った。

「よろしく頼む。」



まだ凛とした冷たい風の中に一筋、梅の香が香る。

早春の明るい日差しがくっきりと畳に落ちていた。



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こんにちは。

吾亦紅の続編、如何でしたでしょうか。

守り刀に己を重ね、決意を新たにする慎ちゃんです。

尚様よりリクを頂きまして書いてみました。

素敵なリクをありがとうございました。


2010.2.10

双極子


2010.5.11  UP