原作・卒業後、おつきあい前。



春と聞かねば、知らでありしを

聞けば急かるる胸の思いを

如何にせよとのこの頃か



早春賦



爛漫の春だった。

桜の花びらがどこからか運ばれてきて、足下に散る。

先日、高校を卒業したばかりの沢田慎が、ひとり河原を歩んでいた。

大学に合格した日、彼は長年の片思いの相手に思いを告げた。

その時の様子を、慎は思い浮かべていた。

彼女の反応は、予想以上だった。

赤くなって、どぎまぎして。

持久戦になるだろうと、手に入れるためにはどんなことでもしようと

覚悟をしていたのだが。

真っ赤な顔でその後も変わらず笑ってくれる彼女は

こちらが思うよりもたやすく、触れなば落ちんと言う風情に見えて。

自分といる時の彼女は、前よりも楽しそうだと慎は思う。

女の艶を含んでいるようにも思う。

甘やかな声が、手が、慎を誘うようにのびる。

あるいは。

そのまま手を伸ばして抱きしめてしまえば、

自分のものにすることが出来るのかもしれない。

しかし。

彼女の瞳には、微かにだが、明確な拒絶も含まれていて。

自分を見るその瞳の奥に、不安と戸惑いと躊躇いとが見てとれて。

それはどこからくるものか・・・

はっきりと聞きたいけれど、否定の言葉は聞きたくなくて

でも承諾の言葉を聞きたくて、話しかけては止まる。

彼女の態度を見ていると、途端に不安になってしまう。

彼女と話をしていると、ほんの少しだけ期待してしまう。



春は、来たのだろうか。

期待すらできなかった高校時代にはなかった

春の気配を感じさせながら、未だ訪れぬ想い人。

もどかしい思いをどうすることも出来ず

慎はまた、空を仰いでひとりため息をついた。



春風が桜の花びらを巻き上げていく。

見渡せば、爛漫の春。

春は、名のみの・・・




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歌を題材にしたSSSです。

告白してしばらくのち、何かと理屈を付けては黒田へ通う慎ちゃん。

否定もされずさりとて肯定もされず、それでも会いに行ってます。

ジェットコースターとてふてふの少し後くらいです。


双極子