※原作・卒業後、おつきあい前。早春賦の少しあと、3月下旬から4月3日までのお話です。
四月の魚 プロローグ
賑やかな座敷の熱気に当てられて、久美子は縁側にでてみた。
酔いに火照った肌に、夜風が気持ちいい。
月はなく、星が綺麗に見えていた。
庭の桜は七分咲き、この週末あたりが見頃だろう。
「ふぅ・・・」
もやもやした気持ちがため息となって流れ出た。
どうしたらいいんだろうな・・・
ぼんやりしていたら、目の前にばさっと大きな花束が差し出された。
いつの間にか、すぐそばに慎が来ていたのに気が付かなかったのだ。
実を言うと、慎はしばらく前から久美子が一人でため息をついているのをそっと見ていたのだが、久美子は知らなかった。
「何、コレ・・」
「何って、誕生日プレゼント。」
「え・・・それって・・・?」
「俺から。」
「////」
瑞々しい薔薇の花束からは馥郁とした香りが漂って来て、凝り固まった心をほぐしてくれるようだった。
「今はまだ、形の残るプレゼントは受け取る気にならないだろうから・・」
「沢田・・・、あたしは・・・」
「俺は、これで終わらす気はない。」
「沢田・・・」
「いいよ。」
「え?」
「さっきも言ったけど、ゆっくり考えてくれればいいから。お前の気持ちはわかってるし、なんで決心がつかないかもわかってるつもりだから。な?」
「・・・」
気持ちを見透かされているのがきまり悪くて、久美子はくるりと後ろを向いた。
「でも、あんな酷いこと言ったのに・・・」
慎は、花束に顔を埋めたままの久美子の身体を後ろから腕を回してそっと包んだ。
「腹を括るのを、待ってる。」
「お、おい・・・沢田?離れろよ・・・///」
「ずっと、待ってるから・・だから・・・」
「沢田・・・」
肩口に額をつけて少し震えている慎に気が付いて、
久美子はそれ以上言えなくなってしまった。
慎の手をぽんぽんと叩きながら、久美子は慎の腕の中でじっとしていた。
暖かい・・・
突き放さなきゃいけない腕なのに、心地よくて抜けられなかった。
桜の花枝が、夜風に揺れている。
今のあたしみたいだと思いながら、久美子はぼんやり桜を見ていた。
------
2009.4.4 投稿
2010.4.29 アップ
双極子