はぁ・・・

あんなに激しくだれかを求めた事などなかったのに。

きっとこれが最後の恋、もう誰も愛せない・・・

でもま、素人さんを泣かすなんざぁ御法度なんだ。

忘れりゃいいさ、こんな傷・・・




四月の魚 エピローグ



たとえ一晩泣き明かしたとしても新学期は待ってくれない。

今日もいつも通り学校へ行き、忙しい日を過ごして重い足取りで家に辿り着いた久美子は、奥から聞こえてくる賑やかなざわめきに気が付いた。玄関にたくさんの男物の靴が並んでいるところを見ると、客たちは奥の座敷へ上がっているのだろう。

顔を出さないわけにはいかないな。

昨日の出来事に落ち込んでしまって、とても人前に出る気分ではなかったが

義理を欠くのはやっぱりマズい。

久美子は先に部屋へいってざっと身なりを整え、目のまわりの化粧を直すと、深呼吸して座敷の襖をがらりと開けた。

「うぉい。ヤンクミ〜。おっかえり〜。」

「「「おかえり〜。」」」

「お前、今日誕生日なんだってな!」

緊張していた久美子はどっと脱力した。

「野田、南、うっちー、それにクマ。お前ら何やってんだよ・・・」

いつものメンバーを前にして、久美子は慎の姿を探すが、すぐにいるわけはない、と気が付いて寂しくなった。

あれだけ言ってやったんだ、もう来るわけないよな。

「おう、お前が落ち込んでるって慎が言うからさ〜。」

「ケーキ買って来てやったんだぞ。」

「ヤンクミ、元気出せよ〜。」

「ほら、富士屋の生チョコレートケーキ特大!お前、好きなんだって?

慎ちゃんが言ってた。」

「ななな、沢田がなんだってんだよ!」

「お前な、慎ほどの男のどこに不満があるってんのよぉ。」

「そうそう、身の程をわきまえろっての。」

「脅迫されたわけもないのにお前に告るなんて、後にも先にもあいつだけだぞ。」

「慎ちゃんはいい奴なんだからな!」

「あたしはなーっ、沢田のことなんか・・」

「俺がなんだって?」

背後から突然声をかけられてあわてて振り返ると、間近に慎の顔があって久美子は驚いた。

殴られたあとが痣になり、口のまわりの瘡蓋とこめかみの白い大きな絆創膏が痛々しい。

「しゃしゃしゃわだ!お、おま、お前、なななんだって、こんな所にいるんだっ。」

「なんでって、誕生日だろ?今日。だから、お祝いに。」

しれっとした顔でそんなことを言う。

「お前、だって昨日っ。二度と顔出すなって!」

「聞く耳持たないね。」

「ななななななっ。」

「認めねぇって昨日も言っといたはずだ。」

「おまっ、おまっ、」

「大体、昨日あんな事されてんのに、このまま引き下がれるかっての。」

「・・・っ!////」

「何々?ヤンクミってば、慎にナニしちゃったわけ〜?」

「うっさい!おめーらは黙ってろ!!」

「「「「は〜い!」」」」

「あれだけやっといて、今更来るなは、ちっと酷ですぜぇ。」

「黙れ!若松!」

「そうっすよぉ、お嬢〜。」

「黙れ!てつ!」

「お嬢、強がんなって。」

「京さんまで!」

「ほら見ろ。皆、俺の味方だろ。」

「お嬢、昨日の今日でそれはねえよ。あきらめちまいなよ。

お嬢だって本当はさ・・・ニッシッシ。」

「京さんっ。いい加減に・・っ!」

「おっとっと、怖え怖え。」

「心にもねぇこと言ったって信じねぇよ。とにかく、俺は引く気はねぇから。」

「なっ////」

「あとは、お前が腹を括るだけだ。」

「・・・・!」

ゆっくり考えてくれていい。待ってっから、俺。

このぐらいのことでビビんねぇから。」

「はぁ・・・このバカヤロウが。」

「自覚してマス。」

「ったくっ。」


昨夜の一大決心はあっさりと破られてしまった。

怒りながらもさっきまでの暗い気分がすっかり晴れた久美子は、

懐いてくる慎に強くでられない自分に困まりつつもどこかで喜んでいた。

「おおい、ヤンクミ〜、んなとこでふたりの世界つくってないでこっちこいよぉ。」

「おう、ってお前ら、未成年のくせに何飲んでるんだよ!!」

「固えこと言うなって。誕生日だろ、誕生日。」

「そうはいくかーっ!」

「うぎゃあっ、やめろってヤンクミ!」

「ほら、慎の字も飲めよ!」

「サンキュ。」

「だーっ!なにやっての!京さん!」

「「いっただっきま〜す。」」

「こらーっ!」

黒田一家の賑やかなざわめきは、夜が更けるまで続いていた。



ふたりきりになる機会をずっと伺っていた慎が、持って来た花束を久美子に渡すのは、

もう少しあとのこと。

その後のふたりがどうしたのか知っているのは、花を散らす夜風だけ・・・




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ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

長編「四月の魚」いかがでしたでしょうか。


アダルトでもシュールでもないハードなお話が書きたくなって挑戦したものです。書き上げてみたら、それほど長くもなかったのですが、いつもよりも登場人物が多かったり何カ所も舞台があったりと複雑にしてしまったために書くのはとても大変でした。一章をあまり長くしないようにしようと思っていたので、話が複雑な分、ディテールをさらっと流しすぎた感があります。伏線を拾うのも大変で、一部つじつまが合ってません。山川は権田原に言われてマンションに行ったはずなのに、権田原は山川を探して怒っているのはなぜでしょう(笑)。きっと部下が連絡を間違えたんですよね(笑)。


お気づきの方もいらっしゃると思いますが、タイトル「四月の魚」は遠_藤_淑_子さんの漫画から設定ごとお借りしています。四月の魚をフランス語でPoisson d’avrilと言いますが、これは四月馬鹿のことです。さらに四月が旬の鯖はフランス語でMaquereauですが、誘拐者と言う意味の俗語です。このふたつを引っ掛けて「誘拐者」と言うタイトルになっています。洒落たタイトルだなーと前から好きだったんです。リスペクトってことで多めに見てやってください。


それでは、改めまして、ここまで読んでくださった方に御礼を申し上げます。

拍手を下さった方、コメントを寄せてくださいました方、大変励みになりました。

ありがとうございました。

今後ともよろしくお付き合いしてやってくださいませ。



2009.4.10 投稿

2010.4.27 アップ

双極子