四月の魚 6
三人が猿丸組本部がある屋敷へ到着するとほぼ同時に、龍一郎を始め天海光蔵、和田孝介、犬塚寛平、馬ノ尾静など、そうそうたるメンバーがおのおの部下を引き連れて集まって来た。蟻一匹這い出す隙間もないくらいまわりをがっちりと固めて、龍一郎が京太郎と若松を従えて正面から押し込む。
「黒田龍一郎だ!」
京太郎が先陣を切って名乗りを上げると、怒声を上げて猿丸組の組員たちが襲いかかって来た。ほぼ同時に、裏口から庭から味方の軍勢が一斉に打ち込んだ。
広い邸内はたちまち大乱闘となった。こちらは一切得物を使わず、素手で気絶させるだけである。これは主に警察とのトラブルを避けるためと遺恨を残さないためで、厳命された味方の極道たちは度胸良く白刃の林に飛び込んで行く。一方、久美子と京太郎は、ここにいるであろう慎を探して、屋敷中のあらゆる場所を調べて回っていた。隠せそうな所はあらかた探したのに、慎はまだ見つからない。久美子の焦燥もただ事ではなくなって来た。殺気立つ久美子にたまたま出くわしてしまった猿丸組員たちは、自分たちの運の悪さを呪う暇もなく、気絶させられていった。
「ひゅー。やるなぁ、お嬢。俺の分も残しとけって。」
横手から来たもう一人の運の悪い奴をはり倒しながら、京太郎が言う。
「余所見してないで!探してよっ、京さん!」
「へいへい、おーい、お嬢の大事な慎公やーい。」
「京さん!////」
時間が経つに連れて、圧倒的な数の前に猿丸の劣勢が明らかになってきた。
「おい、権田原を呼べ!」
奥まった座敷で様子を伺っていた猿丸組長は、とっておきの切り札を持って自分の所へ来たばかりの権田原を呼ぶ。
「へい。」
権田原が来ると
「おい、あのガキを連れて来い!あのガキを盾にしてここはひとまず脱出だ。」
「へい。おいっ、飯山!」
後ろを振り向いて部下を呼ぶ。
「へぇ。ここに。」
「あのガキを連れて来い!急げ!」
しばらくして飯山は顔面蒼白となって戻って来た。
「ガキはいません。」
「なぁにぃ?」
「それどころか、山川の野郎もいませんぜ。」
飯山に殴られたらしい山川の手下ふたりが権田原と猿丸の前に突き出される。
「おいっ!山川の野郎はどこヘ行った?」
胸倉を掴まれて揺すられるが、こいつらも詳しい事は知らなかった。
「た、たぶん、マンションじゃないかと・・・」
「何ぃ?どこじゃそりゃ?」
「それは俺も詳しく聞きてぇなぁ。」
突然、のんびりした声が割って入って、一同ぎょっとする。
「「「なんじゃあ、わりゃー!」」」
「ふっ、神山町のセクシー☆ダイナマイツ大島京太郎とは俺様のことだ!」
言い抜きざま、目の前のふたりの頭をがつんと叩き付けて気絶させる。
「京さん!」
「アニキ!」
「「「若頭!!」」」
京太郎に続いて黒田一家がそろい踏みで、たちまちその場の残り全員が床に沈む。
「で、マンションの場所はわかったかい?」
「あ?しまった、全員ノシちまった。」
「アニキ・・・」
邸内の制圧が終わり、打ち込んだ極道たちが門前へと出てくると、そこには大勢の警官とたくさんのパトカーが待っていた。一同にさっと緊張が走る。現場指揮をしている畑山警部が、龍一郎に気が付いてやってきた。
「やあ、黒田の。いい晩ですなぁ。」
「これは、畑山のだんな。」
「黒銀連続放火魔事件の容疑者が潜伏しているとの通報、ありがとうございました。」
「なあに、善良な市民の義務ですよ。」
ふたりで目を交わしてにやりと笑う。
「それに、ホワイト銀行黒銀支店強盗事件、株式会社アルジャン・ノワール15億円脱税事件、黒銀町連続爆破事件、麻薬密売、おらおら詐欺、etc.の容疑者の潜伏場所の通報もありがとうございます。」
おいおい、猿丸のやつら、どれだけ悪どいシノギやってるんだよ、とその場にいた全員が心の中で突っ込んだ。
龍一郎はにっこり笑ってそれに答えると、極道たちを振り返る。
「世話になったな。礼はまた改めて。」
「いいってことよ。」
「とんでもねぇこってす。」
「失礼しやす。」
口々に言い交わして極道たちは潮が引くようにいなくなった。
「よし、行け。」
畑山が合図をすると、警官隊が一斉に猿丸邸へと殺到した。気絶している組員たちはやすやすと捕まることだろう。こうして猿丸組は壊滅し、黒田邸爆弾投込み事件も解決したが、慎の行方はまだわからない。
黒田一家が沈んでいると、畑山が振り向いて久美子を手招きした。
訝しく思いつつも久美子が近づくと、畑山は
「お嬢さんの教え子さんですがね。先ほど無事見つかったと連絡がありましたよ。」
と耳打ちしてくれた。
警察の失態にも繋がりかねない最重要機密事項を知っている畑山に久美子が驚いていると
「ま、蛇の道は蛇ってね。今回の事件はお嬢さんと神山のバーのホステスさんの証言で解決したんでね。局長が、よろしくとおっしゃってましたよ。」
マンションの場所を詳しく教えてくれた畑山は、最後ににやりと笑って行ってしまった。
その後ろ姿をぼんやり見ていた久美子は、京太郎に声をかけられてはっと我にかえった。
「行こう。沢田の居場所がわかったぞ!」
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2009.4.9
双極子