四月の魚 2
天井の高い、埃っぽいその部屋の中は薄暗かった。
小さな窓はあるのだが、すぐ前に大きな建物でもあるのか
日中でもほとんど陽は入ってこない。
部屋の隅の床に直に敷かれたマットレスの上で、慎はしばられて寝転んだまま
今日は何日だろうと考えていた。
久美子の家で楽しい(?)一日を過ごした慎は、夕食までに家にかえると言う約束のため、
仕方なく黒田を出てにぎやかな商店街を抜けた。
近道のために鬱蒼とした神山神社の脇の小道を抜けた途端、鳩尾に衝撃を感じ
気付いた時はこの部屋の中だったのだ。
出入り口は一つ。
その外に見張りがいる。
時々、食事が外から運ばれてきて食べ終わるまで、そばで見張られる。
食事の中に何か薬でも入っているのか、慎はほとんどの時間を眠って過ごしていた。
時間の感覚も鈍ってしまい、頭がぼんやりとして思考がうまくまとまらない。
トイレは外にあって、行きたいと言えばいつでも出してくれるが
個室の中までふたりの見張り付きだ。
「へ・・なかなか立派なもん、持ってんじゃねーか。ガキのくせによ。」
「・・・」
「お、おい見ろよ、コイツの。」
「なんだよ、どわはは。コイツ髪だけじゃなくこっちの毛もちゃんと赤いぜ。」
「へへへ、後で山川さんにおしえてやっか。あの人はどっちもいけるしよ。」
「いやぁ、どっちかってぇと女の方が苦手みたいだぜぇ。」
「へーぇ、おめぇ、アニキの好みだぜ。可愛がってもらえよ。ひーひっひっひ。」
「け、睨んでんじゃねーぞ。ごるぁ。」
「って・・」
「ほらよ、済んだらさっさと戻れやぁ。」
「・・・手ぐらい洗わせろよ。」
「んぉ?ああ、ま、じゃ早くしろ。」
両手を前でしばられたまま、洗面台にかがみ込んだ慎は、勢いよく水を出すと
それをばしゃっと弾いて後ろの男たちに浴びせかけた。
うまいこと目つぶしになって男二人が怯んだ隙に、慎はばっと駆け出した。
トイレを出て窓のない廊下を突っ切り、突き当たりの階段を駆け上がったところで、
慎は自分が人が大勢いる場所に飛び込んでしまったのに気がついた。
「「なんじゃー、わりゃぁー。」」
「うおー?どっから湧きゃーがった?このガキ!」
「ふんじばれ!」
怒号の中、殴り倒されて気絶するまでのわずかな時間に、
慎は自分がどこに連れてこられたのかを朧げながら理解した。
またもとのマットレスの上で目が覚めた慎は、先ほど見たことを考えてみた。
こいつらは暴力団だ。自分を知っている人間がいないとなると
黒田一家とはつきあいがない連中なのだろう。
となると、俺をさらった目的はなんだろう?
山口と関係はないんだろうか・・・?
さっき、俺を見た時の反応も変だった。
自分たちの仲間がさらってきた人質を見て「どこから来た?」と聞くものだろうか。
見張りたちの話を総合すると、俺をさらったのは3、4人のグループらしい。
とすると・・・
また気が遠くなってきた慎はぼんやりとそんなことを考えながら暗闇に落ちていった。
「おいタカ、どうしたんだ?」
「さっきの・・・」
「ん?」
「さっきのガキですがね。」
「おお?」
「なんだか気になるんすけど。」
「ほう。」
「黒田の若頭が最近引き回している若ぇのに『赤獅子の若大将』ってのがいるんすよ。」
「大島さんが?」
「へい。なんでも高校生くれぇの、赤い髪をしたメチャクチャ男前で
腕も立つ頭も切れるってぇ野郎だそうで、
黒田の親分さんも気に入って跡取りにってぇ話も出てるらしいんすよ。」
「それが、さっきの小僧だって言うのか?」
「いや、あっしも顔を知ってるわけじゃねぇ。ただ、狸腹さんところでちらとそんな話を聞いただけで。」
「ふうむ、そりゃちっと厄介だな。おう、この話、しばらくお前の胸一つに収めといてくれ。」
「へいっ。」
赤獅子の若大将の話を聞いた男は、人払いをすると若頭のところへ出向いた。
「若頭。ちょっといいですかい?」
「おう、飯山。どうした?」
「若頭のお客人の山川さんが連れて来たあのガキですがね。」
「ああ、なんだかどこぞのお偉いさんのボンボンらしいな。
詳しくは知らねぇが、なんぞの取引があるみてぇだな。」
「ここだけの話ですがね、若頭。
あのガキ、黒田に関わりがある奴かもしれませんぜ。」
「なんだとぅ?」
「大島さんの舎弟だとか。」
「おいっ、そりゃ本当か?もし本当ならエラいことこだぜ!」
「ですからね、若頭。これを上手く使わねぇ手はねぇと。」
ふたりはしばらくお互いの目を見て探り合っていたが、やがて同時ににやりと笑うと頷いた。
「よし。」
「ええ、飛んで火にいる夏の虫ってことで。」
「信用できるのは何人いる?」
「今、うちにいるのは・・・ひい、ふう、みい・・・7人てところで。」
「よし、いつでも動けるよう足止めしとけ。」
「へい。」
「夜だな。」
「へい、じゃあ今夜・・・」
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2009.4.5
双極子