※原作・卒業後、おつきあい中。アダルトシリーズが終わった年の冬頃の設定です。
On the Table
「おおい、慎ー。わるい、ちょっと手ぇ貸してくれ!」
台所から呼ぶ声がするので慎は行ってみた。
「何?」
久美子がフライパンと格闘をしている。
「お、ちょっとそこの、それ取ってくれ。
お、サンキュ。うん入れてくれ、そこに。そうそう。」
「他に何かやることは?」
「もう、あんまないなー。後はリンゴ切るくらいか。」
「ふーん。後どのくらいで出来上がる?」
「20分てとこかな?あ、ビールは?」
「ちゃんと冷やしてある。」
「うっし、気が利くなーお前。惚れ直したぞー。」
「ばーか。」
今日は土曜日。
ふたりで食べる夕食の支度をしているところである。
最近、久美子は毎週土曜には慎の部屋に泊まっていた。
一人暮らしの慎は元々食べることには無頓着で、それを心配した久美子がなんやかやと
面倒を見ていたのだが、慎は一向に自分でやろうとはしなかった。
買っておいた食材が腐っていくばかりなのを見て、業を煮やした久美子が
せっせと作りに通ううち、いつしか週末の泊まりが恒例となってしまったのだ。
慎にしてみれば、姉さん女房(まだだけど///)が世話を焼いてくれるのが、
嬉しくてたまらないわけで、わざわざ自分からその機会をつぶしたくないから、
料理には消極的なのだ。
それでも、久美子が家で料理してくれるようになって、
一緒にいたいからと手伝っているうちに、今では慎も大分上手になっている。
きちんと食べるようになって、慎の身体は見る間にたくましくなってきた。
思うところあって意識して身体を鍛えるようにし始めた慎は、
よく食べるようになったせいもあってめきめきと筋肉をつけ、
今ではもう高校時代のように華奢な印象はない。
それに伴って、生活全般について色々と見直すようになり
以前よりずっとまともな「生活力」がついてきていた。
久美子にはそんなことにも彼の成長が見て取れて、ふたりの将来のことを思って
ひそかに喜んでいるのだった。
つきあい始めて慎が意外だったのは、久美子がなかなか料理上手である、と言うことだった。
手際もよく器用で刃物の扱いにも慣れているので、何を作ってもなかなか旨い。
京さん直伝(!!)だと言うホワイトソースから作るグラタンなどは、
料理自慢のおふくろのものと比べても絶品だと慎は思う。
箱入りのカレールーを使わずにカレーが出来るなんて、慎は考えたこともなかったし
いま久美子が作っている酢豚なども、市販のタレで作るものだと思い込んでいた。
それを指摘すると
「実験手順書と組成表があるんだから、誰でも出来んだろ。」
などと言う。
そりゃお前だけだろとも思うが、もともと頭のいい慎は、
本にやり方が書いてあることはたいてい自分でも出来ると知っているから、
敢えて逆らったりはしない。
まあ、いつも久美子との食卓はそれなりに充実しているのだ。
ただし、
「相変わらず、飾りっ気も洒落っ気もない料理だな。」
「味はいいんだからいいだろう?」
「ま、そりゃそうだけど。それにしても見た目がさみしーぞ。」
「うるさいっ。こっちのは綺麗に並んでるだろ?」
「飲み屋のツマミみたいだな。」
「バレたか、このあいだ康絵姐さんの店で見たんだ。」
「そんなこったろうと思ったよ。」
「だーまーれー。文句あんなら喰わなくてもいいんだぞー。」
「滅相もゴザイマセン。」
「わかればよろしい。」
料理に戻った久美子を尻目に、慎はリンゴを取ると何やらはじめた。
まな板と包丁を使って一心になにかしている。
かなり長い時間をかけて切ったそれを丁寧に皿に並べ終わると、
慎は満足そうにそれを眺めた。
大事そうに居間のテーブルへと持っていく。
久美子はそんな慎の様子をちょっと不審に思ったが、
手が離せないので気にしない事にした。
「ウィンナ、あるか?」
「ああ、さっき買ってきたぞ。食べたいのか?焼いてやろうか?」
「いい、自分でやるよ。」
「そうか?じゃあたしはこっちをやるから、頼むよ。」
慎はゴソゴソと冷蔵庫をあさり、目的のものを見つけると
またまな板と包丁を出して、真剣な目つきをして一生懸命何かやっている。
「おーい、フライパン開いたぞ。」
「あ、さんきゅ。」
慎がウィンナを炒めはじめたのを横目で見て、久美子は盛りつけをはじめた。
やがて、焼き上がったウィンナを慎は久美子の視線から隠すように居間へと運んでいった。
いつものように皿運びは慎、盛りつけは久美子の役割分担でてきぱきとすすめ、
やがて準備が整って久美子が居間へと入ってきた。
慎は先ほど自分で作った皿の上を眺めて満足そうに微笑んでいた。
なんだろうと久美子は皿を見た。
「どわははははははははっ!!」
「なんだよっ、いきなり。」
「おまっ、おまっ、だははははは。」
「なんだよっ。」
「さ、皿、皿、何作ってんのかと思ったら!だはははははっ。」
「!!!うっせえっ!笑うな!///」
「だ、だって。わははは、だめだ、止まらん。」
「黙れっ、わりぃかよっ。///」
「何だってお前こんなもん。ぶぶっ。」
「うるせぇ、お前の食卓はうるおいが足りねぇんだよっ。」
「ひーひーひー腹いてーっ」
「笑うなってば。お前の料理が四角四面で遊びが足りねぇから、
華を添えてやろうと思ったんだろ!」
「ぜぇぜぇ、こーいうの好きなのか?ぶほっ。」
「文句あっかよ!」
「ないない・・・ぶはははっ。」
「笑い過ぎだぞ!」
「すまんすまん、しっかし、お前は可愛い奴だなぁ。」
「可愛いって言うなっ。」
「すまんすまん、ぷっ、拗ねてる顔も可愛いぞ。ぷぷぷぷぷ。」
「可愛いって言うなってば。」
「ぷぷぷぷっ。」
「笑うなよっ。」
「だははははははははっ。」
「笑うな!」
テーブルの上には所狭しと並べられた数々の料理。
本日メインの酢豚にグリーンサラダ、チーズ盛り合わせに中華風コーンスープ、
南瓜の煮物、ビールと焼酎。
そして・・・
慎の手によって皿の上に綺麗に並べられたうさぎさんリンゴとタコさんウィンナが、
つぶらな瞳でふたりを見守っているのだった。
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うさぎさんリンゴを満足そうに眺める慎ちゃん、
て言う絵が浮かんでしまって思わず書いた妄想SSです。
小さい頃の慎ちゃんはこういうのが好きな子だったろうと思います。
反抗している間にすっかり封印していた幸せな気持ちを、
久美子さんの愛で取り戻したけれど、男前の久美子さんには叶えてもらえそうにないので
自分でやってみた慎ちゃんでした。
双極子
2009.2.26 投稿
2010.5.6 UP