むせ返るような草いきれの中、鮮やかな緑が世界を包む。

葉陰からのぞく空がくっきりと青い。

まったりと湿気を含んだ風と、熱い吐息と。

目に映る白い素肌が、眩しかった。



木漏れ日



久しぶりに雨があがって晴れ間の覗いた土曜日。


慎は久美子の車に乗って万年山に遊びに来た。車で1時間半ほどのこの山にはハイキングコースが整備されており、展望台や駐車場、売店などもあってちょっとしたドライブにはうってつけの場所なのだった。


渋滞を避けて早朝に出て来たため、山頂近くの展望台に着いた時にはまだ10時前だった。駐車場にも車はまばらで、貸し切りのように誰もいない。


「うっわーっ!綺麗だなーおいっ。んーんんっ、空気が美味ーい!」


久美子は深呼吸をすると、展望台の柵にもたれた。前夜に強い風が吹いていたのもあって晴れ渡った空のもと、都心が一望できる。


嬉しそうな久美子の様子を見て、慎も来て良かったと思っていた。久美子とともに過ごすのなら大体どこでも楽しめるのだが、こんな風に大自然の中でのびのびと楽しそうな久美子を見るのも、新鮮な魅力があって慎は気に入った。


初夏の日差しに、青葉が眩しい。


「おい、こっちに行ってみようぜ。」


更に上の方に見晴し台があると言う案内を見つけた慎は、久美子に声をかける。


「ん?ああ、そっちも面白そうだな。でも待て。写真撮ろーぜ、写真。」


はしゃいだ久美子が携帯電話で慎の写真を撮り、慎も久美子の写真を撮った。青空と、木立と、見晴るかす都心。風の色までもが撮れそうな気持ちの良い景色だった。


日差しの下で明るく笑う久美子の笑顔を見て、久しぶりのような気がしたのは

気のせいだろうか。ふと、慎の顔が曇ったが、気を取り直して久美子を誘った。


仲良く手をつないで、山道を辿る。


鬱蒼と茂った樹に阻まれて、周りがほとんど見えなくなった。

鳥の鳴声がどこからか聞こえてくる。

むせ返るような草の香りが辺りを包んでいる。


それはどことなく蠱惑的で、熱を呼び覚ますような不思議な香りだった。

樹々や草の花が、受粉を誘う香りが人の官能さえくすぐるのだろうか。


慎は隣を歩く久美子の横顔をちらっと見た。


早起きのせいか、それとも中間考査が終わったばかりのせいか、珍しく久美子は息を弾ませている。ほんのりと汗ばんで上気したうなじを見て、慎はごくりと喉を鳴らした。


幸い、周りには誰もいない。


「あ、おい何すんだ」


「ちょっと、こっち」


慎は久美子の腕をとって、小道の脇にそびえる大きな樹の裏に引きずり込んだ。そのまま久美子の背を樹に押し付けるようにして覆い被さると、強引に口付けをはじめる。


「ちょ、ちょっと待て、ん、んー・・・ん」


当然久美子は抗議の声を上げるが、それを許さないほどの勢いで慎の口付けは続く。


だって仕方ない。煽られてしまったのだ。

木の芽どき、草や樹の花が誘っているのだ。


「ん、ん・・・あ・・・」


「久美子・・・」


吐息の合間にうっとりと呼ばれ、久美子も次第に抵抗が出来なくなってきた。慎の肩越し、鮮やかな緑の葉の連なりの向こうに鮮やかな青空が見える。慎の狼藉は、いよいよ遠慮がなくなって、しなやかな手指が久美子の身体のそこここを這い回りはじめる。


「あっ・・・ん」


樹々の間をざざっと風が渡っていく。

どこかで鳥達がさえずっている。

遠い街の喧噪がわぁんと一体になって聞こえてくる。


ん?喧噪?


そこで久美子が我に返った。慎はもうすっかりその気で、熱く猛ったものを押し付けながら、久美子のワンピースの裾を捲り上げて、その次の段階に入るところだ。


「こ、こら待て。慎、ちょっと待て」


「待てねー」


ここまで来て待てと言うのは、慎には聞けない相談だった。この熱を、どうすればいいと言うのか。久美子の制止を無視して更に続けようとする。


「慎。おい、こるあ慎公。やめねぇか」


「やめねー」


夢中になるあまり、気付けなかったのだ。

久美子の口調が変わったことに。


「久美子・・・」


久美子の襟元を押し広げて鎖骨に吸い付いた次の瞬間。


「イッテー!」


慎はもんどりうって山道に転がされていた。


「ふん!」


逆さまに見た視界の中を、白い裾がひらめきながら遠ざかっていく。それがちゃんと見晴し台の方向であることに気が付いて、慎は嬉しそうに久美子のあとを追いかけたのだった。


柔らかな湿気を含んだ風が、ふたりの身体を包んでいた。




2012.5.23

双極子拝