※原作・卒業後、おつきあい前
恋をした。
うっとり眺めていただけだった一度目の恋とは違って
二度目の恋は、ジェットコースターみたい。
ドキドキしたりわくわくしたり、落っこちたり止まったり。
自分じゃコントロールできなくて戸惑ってしまう。
ジェットコースター
あこがれの人との決別から二ヶ月。
戻ってきた充実した学校勤めの日々に追われて、悲しみも寂しさも
徐々に薄れてきたころだった。
一番のお気に入りの生徒が言ったんだ。
「俺がお前に惚れていて・・・」
え?何々?
なんだってぇぇぇぇ!!!!
いきなり何言うんだよ。
そりゃ、お前のことは可愛いやつだと思っていたけどさ。
ちっとばっかり頼りにしちまってたけどさ。
お前が法学部へ行くって、サツの手先になりたいとか言ってたからさ。
こいつのとの縁も、ここ限りだと思ってたんだ。
合格を見届けたらそれでオシマイ、明日っからは赤の他人だ、ってさ・・・
一大決意して今日の日を迎えたってぇのに。
なんだよそれ、反則じゃん。
そうか、あいつあたしのことが好きなんだ。
って思った途端、心臓が跳ね上がった。
ドキドキが止まらない。
あいつの赤い髪、白い頬、そして、引き込まれるようなきれいな瞳。
花火大会のとき、抱き上げられた力強い腕と
香ばしい汗の香り、上気した顔。
そしてあのふんどし姿・・・うっとり。
思い出すだけで顔が火照ってくる。
たはーっ。
コクハクされたからって恋してどーすんだ、あたし。
だってあいつ、可愛いもんな。
一途なのは知ってる。
筋を通すやつだって言うのも知ってる。
話もあうし、息もあう。あたしに惚れてる。
・・・上等じゃねぇか。
文句のつけ用がないよ。完璧だよ、お前。
あたしも惚れちまったみたい。陥落だ。
そんなことをぐるぐる考えてテンパってたら
「・・・おい。」
幻聴が聞こえる・・・
・・・なわけねぇ!
「どええええええ!」
「驚き過ぎ。」
「な、なにしてんだよっ!うちの中庭で。」
「・・・これ。忘れていったろ・・・」
「あ・・・カバン。ありがとなっ。」
流石のあいつも照れくさいらしくて、
目をそらしてちょっと離れたところから
カバンを差し出す。
その顔が、うっすら桜色に染まっているのに気がついて
心臓を鷲掴みにされてしまう。
あー、もう!この場で押し倒して無茶苦茶にしてやりたいくらい愛しいよ。
なんか言わなきゃと思ってとにかくしゃべりだす。
「取り敢えずな。お前も来月から大学生だ。
えー、と。その、なんだ。
つまり、その。
学生の本分を守り、勉学に励んで、
学生生活を楽しむように。
生水は飲まないこと、
夜更かしはしないこと、
歯磨きとうがいを・・・」
「ぷっ。なに、くっだらないこと言ってんだよ。」
「いや、その。」
縁側にいたあたしの隣にすわった沢田の
きれいな顔が間近で笑っているのを見て
またきゅんとなる。
いや、前から知ってたけどさ。
こいつ、きれいだよなぁ・・・
華奢だけど上背あるから背中も胸も広いし
抱きしめられたらどんなかな。
柔らかそうな唇、触れてみたらどんなかな。
ぼっ/////
自分で考えたことに赤面してしまう。
なんて即物的なんだあたしゃ。
「なぁ。」
沢田がぽつりと言う。
「お、おぅ。ななななんだ?」
「頼みがあるんだけど・・・」
「な、なんでも言ってみろ!あたしは一生お前の味方だからなっ。」
あれ?卒業式に生徒たちに言ってやったのと同じこと
言ったはずなのに、違う意味に聞こえるぞ・・・
どぎまぎしてたら沢田の声を聞きそびれた。
「・・・てくれないか?」
なんだかわからないが返事をしておこう。
「おお!女に二言はない!」
きっぱり言ってやったら、沢田はご褒美を貰った子供みたいに微笑んだ。
うわっ可愛い・・・食べちゃいたいくらいだ。
「じゃ、明日な。」
「へ?何のことだ?」
沢田はいぶかしげに問う。
「今、いいって言ったろ?
明日、十時に迎えにくるから・・・」
「あ、そ、そうか・・・」
「じゃ・・・」
沢田はなんだかむすっとしたような顔をして
そそくさと帰っていった。
・・・あたしゃ、なに約束しちまったんだろ。
ちょっと不安になったものの、誘ってもらったのが
なんだか嬉しくて、明日一緒にいられると言う事実に
興奮してしまって、その日の残りは落ち着かなかった。
てつとミノルが遠巻きにしているのは???だったけど。
工藤まで見あたらねぇ。
風呂に入って隅々まで念入りに磨き上げる。
・・・あたし、なにやってんだ。
なんだかどっと疲れて早々に布団に入った・・・
「お嬢!、お嬢!」
襖の外から呼んでる声がする。
「お嬢!慎の字が来てますぜ!」
その言葉に慌てて飛び起きる。
なにー、寝坊しちまったかっ。やべぇぜ。
時計を見るとまだ八時。
首をひねりつつもあわてて身支度をして階下へと降りる。
居間に沢田が所在なげにちょこんと座っている。
「どーした?沢田。約束は十時じゃなかったか。」
沢田はぶすっとして
「・・・ちょっと早く目が覚めたから。
家の前まで来てみたらおっさんたちに見つかっちまって・・・」
いたずらが見つかった子供のように言う。
って、お前、約束の時間の2時間も前だぞ。
あたしに会いに来てくれたのかい・・・
堪んないねぇ。ぞくぞくするよ。
「飯、食ったのか?」
「いや・・・」
「じゃ、一緒に食おうぜ。朝飯は身体の資本だ!
若者はちゃんと食べなきゃな。お前、やせ過ぎなんだよ。」
「・・・朝はあんまり入んねえんだ。」
「いい若いもんが、んなこと言ってんじゃねぇよ。」
ばしばしどついて
「おいっ、ミノル!工藤!朝飯、頼まぁ。
沢田の分は大盛りな!あ、おはよう、京さん。」
「お嬢、お早う。おやっさんは今日は遠出だってよ。」
「ふーん、お供は誰だい?」
「俺はちと用があるんで、若松とてつが。
今夜はお帰りにならないそうで。」
「ん、わかったよ。京さん、朝飯は?」
「あ、もう済んでる。じゃ、出かけてくるぜ。」
「ああ、じゃあ気をつけて。くれぐれも危ないまねは・・・な。」
「お嬢・・・心配すんなって。」
そんな会話を聞きながら
沢田は黙々と朝食を食べている。
うちのもんみたいでなんだかくすぐったい。
「・・・出かけるのは十時でいいのか?・・・」
「お?別に用はないから、いつでもいいぞ。
あ、待て待て飯が先だ、飯が。」
そんなこんなで、連れ立って黒田を出た。
昨日聞きそびれた沢田の用ってのは
たんなる買い物だったらしい。
大学で使うのにノートPCが欲しいんだそうだ。
なんであたしが必要なんだかよく分かんないが
あたしも買い物があるし、そっちにも付き合って
貰う事にして、電気街へやって来た。
あたしのおすすめのPCを扱っているブローカーの店へ連れて行ってやったら
沢田のやつ、顔を引きつらして逃げやがった。
あの店のなにがそんなに変だったんだ?
店長の諸岡さん、親切でいい人なんだけどな、英語もうまいし。
結局、電気街の駅前の一番大きな量販店で、沢田はノートPCを買った。
果物マークがついている、アルミボディに黒を配したしゃれたマシンを選んだ沢田は、
その会社のCMに出てくるモデルみたいで、とても格好よかった。
沢田のクールで可愛い雰囲気にぴったりだ。
一番のおすすめの説明をしてたらなぜだか引かれてしまったのだけれど、
あたしの二番目のおすすめを選んでくれて、ちょっと嬉しい。
ブロードバンドもついでに申し込みたいと言うので、カウンターに行った。
沢田が手続きしようとしたら、
「未成年者の場合は、保護者の方の署名捺印を頂くことになっておりますので、
こちらの書類をお持ち帰りになり、こちらと、こちらに判を押して頂いて、
あと、こちらに署名を・・・」
沢田は何でもないことのように頷いている。
が、あたしは氷水を浴びせられたみたいなショックを受けちまった。
そうだよ、こいつは未成年だ・・・
少年Aではないが、まだ18才。
納税の義務もなければ選挙権もない。
保護者の許しがなければ電話を引くことすら出来ないんだ。
カレシが出来るかも、なんて浮かれていたあたしを殴ってやりたいよ。
生徒じゃなくなったとは言え、一人前の大人でもないこいつを、
あたしが引き回していいんだろうか。
世間じゃなんと言うだろう。
淫行の犠牲者?
・・・・・・
ほら、ショーケースを見てごらんな。
モデルみたいな初心な美少年をつばめにする、極姐が映ってるじゃあねぇか・・・
「どうした?もう済んだから、行こーぜ。
お前の買い物、あるんだろ?
こんどは、俺、つきあうから・・・」
「あ・・・おぅ。」
それから、服を見に行ったり一緒にカフェに入ったりと、
まるでデートみたいに色々な事をしたけれど、
さっきの考えが頭から離れないあたしは、上の空だった。
そんなあたしを沢田はどう思ったのか、いつもよりずっと優しく気遣ってくれる。
お前、お前ってやつぁ、なんてぇいい男なんだい・・・
先生は涙が出るよ・・・
藤山先生の言葉が頭によみがえる。
「・・・今のうちにツバでもヨダレでもつけときな~。」
って、無理ですよ、そんなの。
「・・・ぐち
おい、山口!」
急に呼びかけられてびっくりする。
いつの間にか河原にさしかかっていた。
「な、な、な、なんだとぉ!」
「ぷっ、なんで喧嘩腰?」
クスクス笑いながら手を伸ばし、そっとあたしの頬に触れる。
「冷たいな。あっためてやろうか?」
きれいな顔を段々近づけてくるから、
かーっと頭に血が上ったあたしは、
どごっ
どさっ
また手を出しちまった。
本当は嬉しいくせに、何やってんだか。
沢田が腹をかかえて座り込んでいる。
うっとり眺めていただけだった一度目の恋とは違って
二度目の恋は、まるでジェットコースター。
一度のったら終点に着くまで、止まれない、曲がれない、 降りられない。
その終点は・・・
その終点は・・・
少し赤い顔をしてちぇなんて言っている沢田を見ながら、
あたしはいつまでも立ちすくんでいた。
春の風が、土手を渡っていく。
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腹をくくるまでの間、葛藤する久美子さん。
On the White Cloud Valleyの前半部分として構想したものです。
In the Lunatic Red Nightとの整合性がうまく取れないこと、
冗長になってしまうことから、思いきって割愛した部分を、
書き直して独立したSSにしてみました。
双極子