原作・卒業後、おつきあい中。R15です。お気をつけ下さい。



俺たちはその姿勢のまま随分長い間、抱き合っていた。

まるで、この世にふたりきりで閉じ込められているような静かな雨の中、

お互いの体温と息づかいだけが唯一の真実のように暖め合ったのだ。



ひっつき虫 2



部屋の中が徐々に薄暗くなって来た。

俺は、そろそろ限界が近づいて来たのを感じていた。

息が段々熱くなり鼓動が早くなってくる。

久美子にはもう俺の身体の一部分が熱を持って張りつめているのが

はっきりと伝わっているだろう。

腕の中の久美子が身じろぎした。

そうして俺の顔を見上げてくる。

その瞳が潤んでいるような気がして、俺は久美子の眼鏡を外してそっとおいた。

そのまま吸い込まれるような瞳の奥を覗いていると、

瞳の奥に火が灯り、段々と大きくなっていくのがわかった。

久美子の白い喉がごくりと鳴った。

次の瞬間、俺は激しい口付けを受け止めていた。

まるで噛み付くように押し付けられた唇が火のように熱く、

いつにないくらい情熱的な舌が俺の舌を求めて這い回る。

突然の出来事に受け身のまま、精一杯久美子に応えていた俺の身体を

久美子の手が這い回る。

やがて、乱暴にシャツのボタンを外されて、俺の素肌が露出されたところで

久美子は自分の上衣をかなぐり捨て、素肌をもみ込むように抱きついて来た。

「慎。慎っ。慎っ、慎っ!」

唇が俺の胸を這い回る。

あたたかい素肌に触れたかったのか。

温もりが欲しかったなのか。

何もかも忘れたかったのか。

寂寥を埋めたかったのか。

それとも・・・

それとも生への渇望なのか。

性欲は生欲なのだと思う。

およそ生けるものすべてが逃れることのかなわぬ死。

それを補う唯一の手段、命の再生・・・生殖と言う行為。

男は、今ある生の証を刻むために女を求めるのだと思う。

ならば女は。

女は自らの生の証として、未来の命の生成を求めるのだろうか。

失った家族を取り戻そうと願い、寂しさを埋める新たな家族を得るために

女は男を求めるのだろうか。

それは子を産む性としての女の業なのだろうか。


そんなことはもうどうでも良かった。

ただ必死な久美子の心の隙間を、少しでも俺の熱で埋めてやれるのなら。

「慎っ!慎っ!」

くぐもった声で久美子が何度も俺の名を呼ぶ。

「慎っ!慎っ!ずっといてくれ!ずっと、そばに!」

「久美子、久美子、久美子。いつまでも。たとえお前が望まなくても・・・」

まるでそれだけがふたりの絆を結びつけているかのように

俺も火のように熱い息をしながら、何度も名を呼ぶ。

邪魔な布をすべて取り去り、固く固く抱きしめ合った。

素肌が俺になじむ・・・

この肌も、俺に「丁度いい」のだと感じる。

胸も、腹も、肩も、背も、腕も、脚も、

すべてが愛おしく、すべてが心地よい。

頬も、唇も、俺のために誂えられたもののように、なじむ。

狂おしい・・・

触れたところが火のように熱くなり

久美子の身体が朱に染まっていく。

触れるまでもなく潤っているのがわかるから

ゴムをつける間ももどかしく身体を繋げた。

懐かしい場所へ帰って来たような、安心できる居場所へ戻ったような

密着感と充足感と満足感と。

すべてが渾然一体となり、愉悦の波が押し寄せる。

ああ・・やっぱりここもぴったりだ・・・

その敏感な身体の反応から、久美子も同じことを感じているのがわかる。

思い詰めたような必死の形相をしながら、普段からは考えられないような大胆な動きで

俺を翻弄していた久美子は、やがて糸が切れたように俺の脚の上で動きをとめた。

その瞬間、ぎゅっと締め付けた身体から力が抜け、

久美子はぐったりと俺にもたれかかった。

同時に達した俺も、弛緩した久美子の身体を抱えて、

しばしの間、放熱の余韻に浸って放心していた。

「大丈夫か?」

ぴくりと久美子が動いたような気がして声をかけると、

背中に回った腕に力が入ったのがわかった。

「慎・・・」

懇願するようなその呼びかけに含まれる意味を理解した俺は、

久美子を抱き上げてそっとベッドに横たわらせると、

覆いかぶさるように素肌を重ねていった。


結局俺たちは、夜が更けるまでそのままベッドの上にいた。

俺の腕の中で何度も意識を飛ばし、気がついてなお求め続ける久美子に

しっかりと応え続けた俺も、流石に倦んでぐったりと横たわっていた。

久美子は、あどけない顔ですやすやと眠っている。

彼女の心の隙間を、俺は埋められたのだろうか。

久美子は、もう18年も前の話だからな~、なんてさばさばと言うけれど

昔、素直に泣けなかった分、悲しみが心の底に澱のように溜まっていて、

時々こうして浮かび上がってくるのではないだろうか。

「こうしているとおとうさんみたい。」

昼間、久美子はそうと言っていた。

解決できない心の痛みを、久美子の中の子供の心がぎゅっとしてもらうことで

埋めようとし、大人の身体が激しく俺を求めることで埋めようとした。

そのどちらもが俺であることに深い喜びを感じたが、

その痛みの元をなくすことは誰にも出来ないのだ。

俺に出来ることはせいぜいこの胸と身体を貸してやるくらいだ。

自分の無力さに腹が立つ。

18年前に出会っていたら、久美子を抱きしめてやれたろうか。

俺は一才だな・・・ちぇ。


・・・お前がこの大きさに育つまで、か。

今の俺が久美子の求めるものなのだったら、今のまま久美子を愛そう。

俺がお前に新たな家族をつくってあげられるようになるその日まで。

そうしていつか、彼女の澱が忘却の彼方に去るように。

せめて今ひととき、彼女の眠りが安らかであるように。

この雨がやむまで・・・



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ここまで読んで頂きありがとうございました。


双極子