原作・卒業後、おつきあい中



ひっつき虫



台所でコーヒーの準備をしていると、久美子が後ろから抱きついてきた。

珍しい事もあるもんだ。

抱き合ったりいちゃいちゃしたりすることにすっかり慣れたとは言え、

いっつも手を出すのは俺の方で、自分からリアクションを起こすなんて事

ほとんどないのに・・・

ちょっと不審に思ったけれど、そこはそれ、俺も健康な男の子な訳だから

据え膳喰わなきゃなんとやら、ありがたくちょうだいする事にして

くるっと身体をまわすと、思いっきり久美子の華奢な身体を抱きしめて、

唇を寄せていく。

バシッ

ってー。

「何すんだよ。」

すっかり甘々モードだった俺は、出端をくじかれて少々むかっ腹を立てた。

「うっさい。サカんな!」

俺をぐいっと引きはがすとさっさとあちらへ行ってしまう。

ひっでーなー。

そっちから誘ってきたくせになんだよ。

それでも気を取り直してふたり分のコーヒーを入れ、

久美子が買ってきたシュークリームを皿にのせて居間へと持っていく。

それから他愛ない話などして飲んで食べて、一段落ついたところで

久美子がこんどは脇に座り込んで、横から抱きついてきた。

俺の脇の下に顔を擦り付けるようにしてぎゅっぎゅっと力を入れるから

今度こそ、と思いつつ背中から腰に手を滑らせて白い首筋に口付けしようとしたら、

ぐぇっ。

こんどはチョークスリーパーをかけられた。

「何すんだよ!」

っていやそれ俺のセリフだと思うんだが。

なにやらプンスカしながら洗面所のほうへと行く久美子を

あっけにとられて見つめていた俺は、小さくため息をついて、

ご機嫌ナナメの恋人を追いかけた。

久美子は洗面台の前で鏡を見ながらぼーっとしている。

また殴られないで済むように、少し離れたところから声をかける。

「どうした?」

「あたしさ、おとうさんにもおかあさんにも似てないよな・・・」

鏡を見つめたまま、ぽつりと言う。

黒田の家に飾ってある亡き両親のポートレイトは、確かに久美子に似ても似つかない。

「似てない親子なんて、どこにでもいるし。」

言う言葉が見つからなくて取り敢えずそんなことを言っておく。

「お前は父親とも兄貴とも似ているよな。」

俺の顔をちらっと見て久美子は言う。

似ていると言われてちょっとムッとしたが、言い返さない方がいいような気がして

黙っていた。

「色男一家だ。うらやましいなぁ。」

「・・・」

なんだか難しい顔をしてこっちへやってきた久美子は、

俺の両脇に腕を入れ、今度は正面からむぎゅっと抱きついてきた。

流石に学習した俺は、今度は動かずにじっとしていた。

「・・・ぎゅっとしろ。」

「へ?駄目なんじゃないの?」

「なんでぎゅっとしないんだよっ。早くしろ!」

乱暴な言葉遣いとは裏腹に、小さな震える声でそんなことを言うから

俺は愛しい女をまるでこわれもののように抱きしめた。

久美子はようやく納得したようで、今度はおとなしく抱かれている。

「お前の身体、丁度いい・・・」

「?」

しばらくそうしているうちに、段々モードスイッチが切り替わってきた俺は

またまた久美子に唇を・・・また止められちまった。

今日はいったいなんなんだ?

「慎・・」

「んー?」

「・・・頼むから、しばらくの間だけ、桃色もエロエロも抜きで

こうしていてくれないか・・・?」

「・・・いいよ。」

「・・・」

「どうかした?」

「・・・別に。」

「・・・」

「・・・」

「・・・なんかあった・・?」

「・・いや・・・いつもの通りの普通の日だったよ・・・」

「・・ふぅん。」

「・・・」

「・・・」

「ただ・・」

「ただ?」

「・・・命日なんだ・・・」

そうだったのか。

何も言ってあげられなくて、ただ抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

腕の中の傷つきやすい宝物が俺の腕の中で壊れてしまわないように、そっと。

やがて顔を上げた久美子は、今度は俺をベッドへと引っ張っていく。

ベッドの脇に俺を座らせると、自分は俺の膝の上にぽすんと乗って

肩と頬を俺の胸に押し当てた。

両腕でそっと抱いてやると、気持ち良さそうに目を閉じる。

「お前の身体は丁度いいな。」

「え?」

「こうやって抱っこしてもらうのに、丁度いい大きさだし、丁度いい高さだし

丁度いい暖かさだし、まるであたしの身体を抱きしめるために誂えたみたいだ・・・」

「そりゃ・・どーも・・////」

「お前が卒業するまで、あたしたちが付き合えなかったのは、だからなんだ、って思うよ。

お前があたしの身体に丁度いい大きさに育つ時まで、待ってたんだ。

あたしも、この大きさになるまで恋人が出来なかったのは、

お前の腕に丁度いい大きさになるまで待ってたからなんだ。」

「・・・///」

「初めてお前に抱きしめられた時な、あ、これだって思った。」

「うん。」

「身体の隅々が、ぴたっとはまり込むみたいで、すごくしっくり来るんだ。

離れている方が不自然だ、って思うくらい。」

「ぴたっとはまるって、身体の中がってことか?

そりゃ開通したのは俺だし、俺のpイテテテ・・」

///んなこっぱずかしいこと言うなぁ~。///」

「(イテテテ)」

「・・・」

「・・・」

「こうしていると、おとうさんに抱っこされてるみたいだ。すごく安心する・・・

ときどき、こんな風にエッチ抜きでしてもらいたいな・・・」

「・・・かなりつらいんだけど。」

「がまんしろっ。」

「ってぇ。りょーかい。」

それからしばらく経って。

「もういいぞ・・・」

「へ?何が?」

「ふふっ、お前さっきからそわそわしてる。」

「!」

脚の上や胸に感じる久美子の柔らかい感触に刺激されて、

少しずつイケナイ気持ちになってきていた俺にちゃんと気付いていたらしい。

お許しデター、と嬉しくなったけれど。

「いいよ・・・」

「え?」

「もう少し、このままでいるよ。」

「・・・そっか。」

久美子は嬉しそうに一層身体を擦り付けてきて、また気持ち良さそうに目を瞑った。

俺はその小さな身体を抱きしめながら、うん、俺にも丁度いいな・・とか考えていた。


静かな部屋に雨音が響いている。

願わくば、彼女の安らぐ場所をずっと差し出せる俺でありますように。

願わくば、この温もりが、いつまでも俺の腕の中にありますように。

雨の底に閉じ込められて、ふたりきりの温もりの中、俺たちはいつまでも抱き合っていた。




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ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

ひっつき虫と言うのはオナモミなど、とげとげで服などにくっつく草の実の俗称です。

秋になると投げ合って遊んだものです。



双極子