原作・卒業前、慎片思い中。


優しい南風が頬をくすぐる。

いい天気だった。

久しぶりに俺は良い気持ちだった。



凱風快晴



先日行われた全国模試で、俺は2位になった。

考えなしの担任に振り回される形での模試挑戦だったが、試験までの2ヶ月間は充実していた。

自分で言っていた通り、篠原の家庭教師としての資質は申し分なく、

教え方もわかりやすいし、何より他人を乗せるのがうまい。

「勝てない喧嘩を売る人じゃないよ。」

なんて言われてその気にならないわけがない。

流石に年の功で、ちょっと悔しいけれど山口は篠原のこういうところに惚れたんだな、

と今更ながらにライバルの大きさを思い知る。

篠原はほぼ毎日顔を出してくれて、参考書を持ってきてくれたり

問題集を買ってくれたりと、まるで実の弟にでもなったように世話を焼いてくれた。

更に、篠原が来る日には高い確率で山口も差し入れを持ってやって来た。

山口からしたら篠原目当てなんだろうけれど、目的はなんであれ自分の部屋に

惚れた女がいるって言うのは悪くない。

篠原が必ず送っていくのが切ないけど・・・

と言うわけで、充実した日々を過ごした俺は、絶好調だってわけだ。


昨日、模試の結果をわざわざ俺の部屋まで知らせにきてくれた担任は、

いつにも増して嬉しそうで、スキンシップもいつもよりずっと激しかった。

がしっと頭を押さえ込まれて(イテテ)、頭をぐしゃぐしゃ撫でられたんだが

おい、胸が当たってるって。

無頓着なのもほどがあるんじゃないのか?

俺だからいいようなものの、他の男だったら即オオカミ化するぞ。

・・・速攻で返り討ちか。いらん心配だった。

お祝いだと言って持ってきてくれた特上寿司をふたりで差し向かいで食べ、

他愛のない話などをしていると、付き合っているみたいでなんだか嬉しい。

こういった些細な事をいっしょにやるのにストレスを感じない相手って言うのは

「相性がいい」っていうんじゃねぇ?

俺たち、きっとお似合いだよ、なんて寒いことを考えてしまう。

卒業したら、気持ちを告げようか。

そして?

俺の思考は、いつもそこで止まっていた。

付き合うことが出来たとして、その後どうするか、なんて考えつきもしなかった。

俺があいつの生徒じゃなくなったとしても、あいつを守れる大人になれるわけじゃない。

将来に夢も希望も持ってない。

これ以上、親父の世話になるなんて胸くそ悪いことを続けなくて済むように

さっさと仕事を始めて、ひとりで喰っていければいいやと思っていた俺にとって

愛する女との生活なんて想像すらできない異世界の話だったのだ。

俺は、自分が級友たちよりも頭がいいのはわかっていた。

容姿が人並みはずれてよいことも知っていた。

だから、身の回りのどうでもいい連中をあしらうのは簡単なことだった。

あっさり騙される周囲の連中を軽蔑すると同時に、その程度で悦にいっている自分が

ひどく嫌だったけれど、そんなものかとも思っていた。

そうして気楽に生きていけばいいのだと、思っていたんだ。


しかし今。

模試の結果を前にして、俺は大きく世界が広がるのを感じていた。

もちろん、たった一度のことなのだからまぐれと言う事もある。

だが俺は、この国の高校3年生のなかで間違いなく十指に入るだけの頭脳を持っていると

知ってしまったのだ。

篠原が教えてくれた通り『Veritas vos liberabit.(真理は汝を自由にす)』だ。

俺は、自分が思い通りに出来る世界へのパスポートを手に入れたんじゃないだろうか?

この現代は、競争社会で学歴社会なのだと言う。

ならば俺は、注意深く努力を惜しまなければ、

およそ人の望む大抵の物を手に入れられる力を持っているのではないか?

俺の望むもの。

山口を手に入れ、山口とともに生きること。

山口を守り、山口を手にした俺を世間に認めさせること。

今まで考えもしなかった様々な可能性が、俺の前に開けてきた。

まだ具体的なことは何も思いつかないけれど、この恋を成就させ得る道を俺は見つけたのだ。

そのための武器がここにある。

ならば、実行あるのみ!


今日も晴れ渡る空の下、恋しい女に会いに学校へと向かえば、

黒い学生服の群れの間にひときわ目立つ真っ赤なジャージ。

どれだけ尽くしても俺の気持ちに微塵も気付かない、日本一の鈍感女。

手に入れるために登らなきゃならない山道だってきっと日本一険しい、でも俺の大切な女。

後ろから追いついて、おもむろに

「よぉ。」

なんて声をかければ、その顔がぱあっと輝いて

「お、沢田~、先生に向かってなんだ?その言い方は!」

なんて頭をぐりぐりされるから

「いってーよ。」

笑っていいながらその手を外し、いつものようにじゃれ合いながら学校へと向かう。

今に見てろよ。

山口久美子。

俺は絶対、お前にふさわしい男になってみせる。



決意とともに仰いだ空は、日本晴れ。

凱風快晴。

晴れた空に南風が吹き渡る。




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絵を題材にしたSSS、初めての在学中設定です。

四文字熟語に挑戦中なんですが、文系の素養がないのは致命的です・・・


晴れ渡る空に慎ちゃんの決意を重ねて見ました。

しかし、この季節、晴れた日の南風は寒冷前線の前触れ。

あっという間に天候悪化するもんなんだよ、慎ちゃん(笑)。



双極子