原作・卒業後、おつきあい中。「吾亦紅」のエピローグから続いています。



鬱蒼とした樹々が黒い陰を作る、その上に。

かそけく光る一つ星。

それは、闇わだに惑う旅人たちを導く微かな希望。

Polar Star・・・



Dipole



神山の駅から黒田の家へ向かう道。

本当は、駅前からなら横手から門へと向かう道からいくのが近いのだが、

俺は、商店街を抜けて正面から黒田へ向かうのが常だった。

神山神社の門前町として古くから栄えたと言う商店街は、

昨今の世情から少々活気は減ったが、人情味豊かな住人たちと

面倒見の言い黒田一家のおかげで、今でも神山の中心街をなしていた。

その商店街のにぎわいを抜け、しばらく住宅の立ち並ぶ一角をいくと

やがて両側が高い塀になり、正面に黒田の重厚な門構えが見えてくる。

両側の塀の中も黒田の持ち物だそうだが、今は使ってないらしく、深閑としている。

夜、そこからだと黒田の門の向こうに黒々とした屋敷林が見え、

その少し上、いつも同じ位置に小さな星が光っているのが見える。

暗く静かな路上で、俺はいつもその星を見つめながら歩く。

まるで、自分を導くためにそこに光っているかのような小さな星。

都会の空の中で、ともすれば見失いがちになるほど微かな輝きを、俺は目指す。

その星の光の下には、愛する女がいる。

まだ彼女と付き合う前、その星を目指して歩く自分が

彼女を追い求める自分に重なって、それからいつもこの道を歩くようになった。

彼女と付き合い始めても、いや付き合い始めてからなお一層

年上の彼女に追いつこうと、夢を実現しようともがいているときに

あの星が俺を導く道しるべのような気がして、いつも見つめて歩いていた。

俺のPolar Star。

天の一隅に揺るぎなく輝き、俺を導く。



今、その俺のPolar Starは、俺の横に並んで俺と手をつなぎながら

一緒に黒田の屋敷へ向かっている。

その脇に、やっと並んで立つ自信が出来た俺は、昨夜、彼女にプロポーズをしたのだ。

彼女はそれを受け入れてくれて、これから黒田へその報告へ行く。

今日も黒々とした屋敷林の上に光る北極星を見て歩きながら

ふと思い出して、久美子に俺のPolar Starの話をしてみた。

考えてみれば、彼女と付き合ってもうずいぶんになると言うのに

この話をしたのは初めてだった。

久美子は黙った聞いていたが、話し終わってしばらくすると

ぽつりと言った。

「それは違うな・・」

「ん?」

「あたしはPolar Starなんかじゃない。お前にとっても。」

「どうして?」

「あたしたちは、Dipoleだよ。」

「ダイポール?」

「そう。双極子だ。プラスとマイナスの点電荷の組のこと。

まあ、SとNの組の磁気双極子ってのもあるけど、話は同じだからどっちでもいい。

極性の違うふたつの電荷の間には引き合う力が働くんだ。

その間に働く双極子モーメントは、距離と電荷に比例する。」

何を言おうとしているのだろう・・

いつものように小難しい話をはじめた久美子を俺は黙って見つめていた。

「プラスとマイナス、正反対だから引き合うなんて

まるであたしたちのことみたいだろ?」

「そうだな。」

「お互いに同じ大きさで、同じように場を歪め合って、同じ力で引き合うんだ。

どちらかがどちらかの極じゃない。お互いがお互いの極なんだ。

そしてふたりで一つ。ずうっと一緒にいるんだ。

だから、あたしはお前の北極星じゃない。ふたりで双極子だ。」

「そっか。」

そうか、俺だけがお前を追い求めて来たように思うのに、

同じ強さでお前も俺を求めているんだってことか。

互いに正反対の俺たち。だからこそ惹かれあい手を取り合って共に進む。

今日手に入れた人生の伴侶を、俺はあらためて抱きしめた。



ちょうどそこは黒田の門前で、久美子に口付けをしながら

俺は、遠い日の二度目のキスを思い出していた。

あの時は、怖くて震えていたんだっけ。

「二度目のキスの時、お前、固まっちゃってデクノボーみたいに突っ立ってたな。」

久美子も同じことを思い出していたらしい。

あの日から、様々な出来事があったけど、俺たちは繋いだ手を離すことなく

今日までの月日を積み重ねて来た。

これから始まる新たな日々の中で、俺と久美子の繋がりはより深くより堅固になって行くだろう。

いつか、死がふたりを分つまで、いや、死してなお共にいよう。

そんなことを思っていたら。

「かぁ~、おふたりさん。見てらんないねぇ。」

「「京さん!///」///」

「遅ぇもんだから、様子を見に来てみたらよぉ。

いちゃいちゃしてっから早く歩けねぇんだな、慎公はよう。」

「京さん!」

「おおっと、お嬢に怒られちまった。ま、これからよろしく頼むぜ、

赤獅子の若大将!いや、赤獅子の若先生かな?

さあ、入った入った。もう皆集まってるぜぇ。」

「えー?皆ってなんだよ。」

「お嬢の婚約を祝おうってんで皆集まってるんだぜ。相談役まで来てるぜぇ。」

「ええっ!大変だ!早く行かなきゃ。

行くぞ。ついてこい!」

「了解、奥さん。」

言った途端、ぽっと真っ赤になってしまった久美子を、京さんが嬉しそうに眺めている。

大広間に集まっているらしい客たちの楽しそうな声が聞こえる。

夜は始まったばかりだ。



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あとがき


ここまで読んでくださいましてありがとうございました。

Web拍手SSの第一弾と言うことで、HNの由来を書いてみました。

私のHN「双極子」は、検索すると一番上に出てくる理化学用語です。

子がついているので女名に見立てて可愛い読みを当てようかなーと思っていたのですが

全く思いつかなかったので、読みを決めずにそのままにしてあります。


極茶のとき、他の作者樣方が

「ふたごっこ」「そうきわこ」「ふたごくし」「ふきこ」などなど

楽しい読みを披露してくださいました。

それが大いに嬉しかった上に楽しかったので、読みは決めない事にしました。

どうぞ、皆様のお好きなように読んでください。

また、こう読んでますと教えてくださっても嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。

皆様に1不可説不可説転の幸が訪れますように。


2009.3.8

双極子拝


2010.5.11  UP ツキキワのWeb拍手に上げていたものですが、「吾亦紅」の続きになっているので原作コーナーに置く事にしました。